2010/06/27

バカは死ななくても治る?

かなり挑発的な(?)タイトルで始まっていますが、本屋さんで本漁りをしていた時、インパクトたっぷりで飛び込んできたのが、

バカはなおせる & もっとバカはなおせる (久保田 競 著)

という二冊でした。ただ、個人的にはタイトルへ目が言ったのは一瞬で、すぐにサブタイトル

「脳を鍛える習慣、悪くする習慣」 & 「最新脳科学で頭が良くなる、才能が目覚める、長生き健康になる!」

に目が行きました(実のところ、一冊目を買う気になって、二冊目はそれほどサブタイトルにも興味を惹かれなかったのですが、”最新脳科学”というキーワードと、内容が続編になっていそうだったのでまとめ買いしたというのが本当です)。
読み進めてみて分かったことですが、著者は米国神経学会で多数の論文を発表している先生でした(論文を数多く出せば良い、というものでは全くありませんが、ちゃんとした学会のちゃんとした論文にたくさん論文が載っている先生は、少なくともその分野では能力の高い先生ということになります)。サブタイトルにある通り、脳に良い習慣や食べ物、子供の脳を良くする(頭を良くする、とか、良い子を育てる、というのとはちょっと違うんですが、確実に関連性はあるでしょう)方法等が記述されています。それ自体、至極当たり前と思えるような内容なのですが、そこに根拠として、これまでの脳科学研究の成果が記されているという意味で説得力があります。

また、個人的に非常に楽しかったのは、この本自体が最新(二冊目はまさに、ここ3,4年の)脳科学研究の”サーベイ”となっている点でした。
サーベイ(survey)とは辞書的には「調査、外観」という意味があります。特に研究分野では、過去の論文を調査すること、または調査したもの(サーベイ論文)を指します。研究にはオリジナリティが必要ですが、自分の興味のある分野、技術、考えがオリジナルであるかどうか、また、自分のアイディアを実現するために利用できるものはないかを調べるという意味でも、サーベイは非常に重要です。
一般的なサーベイでは個々の論文を調査するわけですからかなり専門的な内容になります。しかし、この2冊については、過去から現在に至るまでの研究のトピックが、脳科学を専門分野とはしない一般の人々にも非常に分かりやすく記述されています。加えて、研究内容については可能な限り分かりやすい説明を加えつつ、現時点で分かっていないことは分かっていない、難しいことは難しいと、非常に誠実に書き綴られていることに好感が持てます。

最新研究に携わっていれば、難しくて解けない問題、現状では未知の問題に遭遇します。それを敢えて明らかにせずうやむやにしたり、仮説を真理であるかのように書いてしまうことで、一般の人が大きな勘違いをしたり、それに実害が伴う場合もあります。読者が研究者の場合、その誤った原理をスタート地点としてしまうことで、研究の方向性が大きくずれることがあります。一度ずれた方向に進んでしまった研究を正しい方向へ戻すには、多くの労力と時間を伴います。

本書の著者は、最近の脳科学ブーム、それに関連するTV番組や書籍等の中には、必ずしも現時点で明らかになっていない情報を、あたかも既に明らかなものであるとして宣伝しているものがあると警告しています(中には、既にかなりポピュラーなものも含まれています)。それに対して本書は、情報の出所を明らかに、分かっていることと分かっていない(まだ不確かな)ことをはっきりと区別しているため、読者が安心して読める構成になっていますね。また、読後になって思えば、ここまで実績を残した先生が、十分な質・量のエビデンス(根拠)をベースに反論、疑問を呈すれば、それに対して再度異を唱えられる人はいないでしょう(もちろん、現時点では明らかになっていない、というものも含まれていますから、今後の研究次第では、仮説が事実として証明される可能性があるものも含まれていますが)。

実は、不明点を明らかにしなかったり、不確実なものを確かなものとして示すことは、必ずしも意図的に行われるとは限りません。自分の勉強・研究のために資料を読んでいて、分からないところはとりあえず後にまわしておこう、と思ったまま忘れてしまったり、とか、ここはまだ明らかになっていない、という部分を、知らない間に真実として勘違いしてしまったり。もしくは、参考としていた資料自体が”信用に足るものでない”という場合もあるでしょう(ネットで資料を調べている時には、非常によくあるので注意)。例えば一つの論文でも、論文誌、ジャーナル(Journal)として発表されているものは、それなりに専門家の審査を受けているので信用できると考えて良いでしょうが、学会発表の論文の場合、ものによってはほとんどの審査を受けずに公表されているものが少なからずあります。場合によっては、大学生等が自分の課題として発表した資料をネット上にアップしているものも、見た目上はそれっぽい資料に見えてしまいます。

「データはウソをつく」のエントリとも関連しますが、正しい情報を得る、ということは、現代ではかえって難しくなっているのかもしれません。今回紹介した2冊は、著者が知る現状での事実、現在の仮説、そして課題が明確に区別され、非常に分かりやすく記述されているという意味で、工学系、科学系に携わることが多いであろう皆さんにとって、資料作成の際の手本になる良書だと思われます(あまり内容には触れていませんが、内容的にも非常に面白い本です。ただ、個人的に一番印象に残ったのが上記の点だったのです)。課題でもレポートでも卒業論文でも、自分で文章を書く際には、”どこまでがこれまでの成果で、どこからどこまでが自分のやった(考えた)ことで、どこからが不明点(課題)なのか”を明らかにすることが、資料が資料たる価値を持つ最低限の条件です。

最後に、本書に関する感想をもう少しだけ。
この本のタイトルですが・・・若干浮いているような感がありますね。確かに自分自身、最初に目に留まったのはタイトルなので、ネーミング勝ちではあります。続巻が出るくらいなので、それなりに売れている本であるのでしょうが、この本のタイトルが「バカ~」でなければ売れなかったのかなぁ。
インパクトのあるタイトルだからこそ、書店に平積みされることになったのでしょうが、タイトルと内容がズレているのは、本当のところはマズイのではないかと個人的には思います。そもそも本の内容自体、頭の良し悪しではなく、脳の良し悪しを論点にしているのですからね。タイトルだけを見て、試しに買ってみる人もいれば、逆にタイトルを見るだけで買うのを躊躇する人がいそう。中身をある程度読めば、タイトルと内容がズレていることが分かるのですが(そういう意味で、資料作りの際のタイトルネーミングのセンスとしては、本書を参考にしない方が良いかもしれません)。

2010/06/21

つばめ

W杯もゆっくり見ていられないほどの忙しさで、こっちもすっかり御無沙汰です(およそ3週間ぶり)。
まぁ、このくらいはいつものことと思っていて下さい。

さて、W杯以外で最近ちょっと気になった話題と言えば、


一時期、事業仕分けで話題となったスーパーコンピュータとは別のスーパーコンピュータですね。開発費用も維持費用もかなりかかっていますが、個人的に、科学の進歩にこのような”投資”は必要だと考えています。某与党の議員さんが言った、”一位でなければいけないんでしょうか”という質問については、いけなくはないだろうけれど、一位になる努力はし続けなければいけない、と思います。ただ、あくまでも我々国民の税金が使われる事業ですから、それが正しく、かつ、効果的に利用されているかは定期的に調査されるべきで、現状もしくは今後に見合わない状況であれば適宜修正していくべきものとも思います。

話はずれましたが、このスーパーコンピュータ、

理論性能は163.2TFLOPS、実効性能は87.01TFLOPSにまで引き上げられて現在に至る

そうです(TFLOPS = テラフロップス:1秒間辺りに可能な浮動小数点演算の回数~興味のある人は調べてみて下さい)。そんなにお金をかけてこんな高性能なコンピュータを何に使うのか、という疑問もあるかもしれませんが、必要ですね。計算速度の飛躍的向上によって、今までは不可能とされてきた計算が実行可能となってきた過去があります。かくいう私の研究も、多分10年前、20年前では計算に時間がかかり過ぎて実用的でないと結論付けられたかもしれません・・・が、現在では(家庭用とは言わないまでも)一般に購入できる計算機で”現実的な時間で”計算可能になっていますから。

結局のところ、開発費がいくら、とか、性能がどうだ、とかいう議論は、このコンピュータが生まれたてで、まだ何も成し遂げていないから騒がれるものだと思われ、これを使った大規模計算によって画期的で我々の生活に役立つような成果が得られれば、評価は自然とついてくるのでしょう。そういう意味で、せっかく開発された高性能コンピュータ、様々な用途でどんどん活用して欲しいものです(僕も使いたい)。
報道への希望としては、完成したことでニュースは終了ではなく、それがどんなことに役立ったのか、今後どんなことに役立ちそうなのか、といったところまで伝えてほしいですね(使う側が、一般の皆さんに対して発信するという姿勢も必要でしょう)。リンクタイトルにもなっているように、多くの苦難を乗り越えて地球帰還を果たした”はやぶさ”が良い例です。

2010/06/03

根本は同じ

現在、東京高専は試験期間中ですが、ここぞとばかりに授業のない午後に会議が詰め込まれていて、結局普段以上に忙しいのでは、と言った状況の中でも、読書は細々と(苦笑)続けています。
やっと読了したのが、

プロ技術者になる!エンジニアの勉強法(菊池正典 著)

就職したらみんなプロにはなるわけですが、ここで言う”プロ”とは、ただ言われた仕事を淡々とこなしながら日々無為に過ごすような指示待ちサラリーパーソンではなく、自ら貪欲に知識を収集し、周囲の人と協調しながら積極的に情報発信し、決して専門バカではない自律した”エンジニア”のことを指しているのでしょうね。
研究者も技術者も、(最)先端の技術を常に吸収し、かつ、それを活かしていかなければいけないという意味ではベースは同じ。ただ、知識や技術を吸収する方法には類似した部分もあるものの、やはり「ならでは」のやり方もあるようです。特に、ジェネラリストかスペシャリストか、という問題については「V字型エンジニア」という考えが提示されたり、新しい知識の入手法や英語の勉強法、周囲の同僚や上司、部下との付き合い方まで、非常に幅広く、かつ、最低限抑えておくべきノウハウが詰まっているように思えます。

著者が高等教育・研究機関を経験していたら、もっと包括的な話題も提供できたかもしれませんが、少なからず高専、大学関係者が読んでも、このような技術者を送り出したい、という意味で参考になりますし、学生のみなさんが今後就職するにしても、さらに進学するにしてもやはり参考になる情報が詰め込まれているという点で、読んでおいて損はない本でしょう。

最後に、本書後半には”シーズ志向”、”ニーズ志向”といった用語が紹介されています。これらはマーケティング用語らしいのですが、まさにこれらはそれぞれ、提案型、課題解決型、等という言葉で表現される研究のアプローチに類似するところがあります。本書では新たにウォンツ志向と呼ばれる用語が用いられていますが、これは提案型の発展形ですね。ただ、敢えて新しい用語を用意するほど、エンジニアにとってウォンツ志向は大事なものだということを、筆者は主張したかったのでしょう。

試験期間中にはさすがに無理かと思われますが、試験が終わったら、皆さんには是非読書にも力を入れて欲しいと思います。本を読みましょう。読めば読むほど教養と文章力がつきます。試験の問題分が多少長くても、どこが重要なのか一発で理解できるようになります。
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