2021/11/26

賞状が届きました(学生さんの)

 以前,恐らくtwitterでは伝えたかと思うのですが,去る11月6日&7日と開催された(ちょっとタイトルが長いんですが)

に参加した学生さんが優秀発表賞を受賞しまして,先日表彰状が届いたのでこちらでも紹介しておこうと思います.

この研究は継続研究で,かつ杏林大学との共同研究となっています(研究期間は,はや10年くらいになるでしょうか).先行研究や関連研究を調査しつつ,自身のやるべきことを定め,計画を立てて進めていく必要がありますし,現在研究している他の学生と同様,5年生や専攻科生はこういった研究がすべて自身の卒業研究,特別研究とも対応しているので,要は”研究進捗がある=卒業に近づく”という意味でも重要性が高いわけです.

今回,このシンポジウムに参加した学生は3名いますが,受賞しなかった学生も含めて,3名とも準備をしっかり整えて参加できたこと,また,うち1名がその努力を認められたことは,今後の研究進捗にも良いモチベーションになったのではないかと思います.

また,こういった学会発表をすることのメリットはいろいろあって,

  • 自身の研究進捗を整理できる
  • 高専内でのフォーマルな発表会に向けた良い練習になる(高専内の発表会が学会発表の練習となる場合もある)・・・練習,と考えることで比較的参加のハードルが下がる&資料を一回作ると,それをもう一方に転用できるので効率が良い
  • 他の機関の学生の良さや自分たちの良さ(意外と外部の学生も・・・)に気付いたり学んだりできる

といったところもあるので,学会の規模やハードルの高さはいろいろあるものの,例えば指導教員が「この学会に出してみない?」と勧めた学会については,参加を検討してみる価値が十分にあるのではないかと思います(ある人にとって明らかにレベルが低すぎる/高すぎる学会を勧めることは,少なくとも北越はありませんし,(あり得るとすれば)百歩譲って少しレベル高めの学会を勧める場合は,リスクもメリットも説明します.
あ,ただ,今後の卒研発表会に向けて,発表しておいた方が絶対にメリットがある,という学会の場合,”半強制的に”参加してもらうことはありますね(そして上のシンポジウムはどちらかというとそんな感じでした,が,日程上都合の合わなかった学生さん(今回は1名いました)まで,無理やり参加させたりはしていませんよ).

個人的に&原則的に,論文提出締切に余裕があって,教員から見て発表できると判断した場合でなければ参加はお勧めしないので,お勧めされたということは,自分は参加の資格がある,と受け止めて,前向きに検討してもらえると,少なからず自分に返ってくる収穫や手応えがあるのではないでしょうか.

2021/11/25

オンラインの功罪

 去る11月19日,今の所は今年度最初で最後の僕の口頭発表である基調講演が終了しました.ただ,これはちょっと流石に”無事終わった,とは言い難い”状況です(苦笑).

まず,これはこちらの事情ですが,あまりにも多忙過ぎてリアルタイムで(ライブで)発表がちゃんとできる自信がなかったので,事前に発表動画を録画し本番で再生していただき,質疑応答のみリアルタイムで,という形式にした点.
これは別の視点から見ればオンラインの利点,とも言えるでしょうね.ぶっちゃけ発表内容を覚える必要がない(今回,僕も100%発表内容が頭に入っていたかといえば,少々自信のない箇所がありましたし,そうなる可能性があったので録画にしたという経緯もあります).まぁ、対面オフラインの学会でもカンペ見ながら発表するような(1億歩譲って学生なら許せますが,そうでなければ本来,登場の時点で退場処分に相応しい)人もいるので一概にはいえませんが,覚えているかどうか,と言うより,覚えてしまうくらい練習を積んでいないと,そもそも自信を持って発表に臨めないし,さまざまな状況に対応できないのでは?と個人的には思っています.

実施する対象が授業なのか,学会発表のようなイベントなのか,もっとフランクな座談会,ワークショップ的なものなのかによっても違うでしょうが,良くも悪くも一方通行的なイベント(発表者以外はあまり発言しない/できないようなイベント)であれば,表向きは問題が起こりづらいですよね.授業の場合,

  • どこからでも参加できる
  • 録画をとっていれば後日見直して復習できる
といったメリットもあり,学会などのイベントでも前者は同様かと思いますが,双方向的なやりとりをしない/できないとなると,どうしても授業が単調になって飽きられやすくなったり,単純に理解しづらくなるということもありますよね.

今回の基調講演は,いわゆる”ハイブリッド形式”(現地でオフライン参加する人もいれば,オンラインで参加する人もいるスタイル)でのシンポジウム内で行ったのですが,何といっても

”オフラインでの質問=現地会場の参加者からのマイクを通した質問が悲劇的に聞きづらい”

のが大問題でした.
現地の人は会場のスピーカーで問題なく聞こえているのかもしれませんが,オンライン参加者にとっては,質問者とマイクとの距離やその他ノイズ,会場スピーカーからマイクに改めて入ってくる音声によるエコーなどの影響で,もう正直いって何をいっているのかさっぱり分からないという状況でした.

ただ,これも質問者によって違って,知ってか知らずか,上記のようなノイズやエコーが入りづらい喋り方(マイクの使い方?)ができる人もたまにいたりと,必ずしも常に聞きづらいわけではないのですが,オンラインでの発表音声&オンラインでの質問音声は常に問題なくクリアに聞こえる(少なくともオフラインでの音声よりは確実に)ので、これはハイブリッド形式特有の問題かもしれません.

現地に行かなくても参加できるというのは,ある面では強力なメリットであるものの,完全にオンライン or オフラインに振り切ってしまった方が,運営側にとっても参加する側にとっても,少なくとも発表や質疑の環境だけにフォーカスしたら快適なんだろうな,ということに気がついたのが,実は今回の最大の収穫だったかもしれません.

一方で,今回ダメだったからもうダメだ,と思っているわけでは全くなく,上にも書いた通り,ちゃんとできている(聞き取れる質問ができる)オフライン参加者もいたので,”正しい方法を身に付け”さえすれば,ハイブリッドでも違和感ややりづらさを感じることのないイベント参加・運営の方法を模索していけば良いのだと思います.
コロナ禍自体は当然,今後どんどん改善・解消していって欲しいと思うものの,今回得られた様々な正負の経験は全てしっかりと生かしながら,コロナが去ったから全部対面に戻す,みたいなことでなく,ベストなハイブリッド,ベストなオンライン,それらを踏まえたベストなオフラインのイベント実施・参加ノウハウをマスターしていきたいところです(で,その時々に応じたベストな形式でイベント参加できれば,むしろオフラインのみの場合よりも生産性は確実に向上するのでは,と期待しています).

2021/11/18

国際シンポジウムが開催されます、が

 基調講演でお話しさせていただくISET2021,暦の上ではもう明日,開催で,初日の午後イチに僕の講演が予定されています.また,僕が論文投稿をお勧めした,東京高専や千葉工大の学生さん,教員の皆様の発表もあります.以下はシンポジウムのProceedings(予稿集)へのリンクです.

今回,オンラインとはいえリアルタイムで発表することを当初予定していたのですが,発表の前後が猛烈に立て込んでおり,発表準備の時間がどれだけ取れるのか未知数であったので,事前に動画を録画し提出させてもらう形式としました.ある意味そのおかげで”発表が近づいてきた実感”がイマイチ体感できない,という厄介な状況にはなっているものの,実際現在,発表直前である今日も,明日の発表直後も色々と予定が詰まっていて,事前録画にしておいて本当に良かったなと思っているところです.

ただ,本当であれば現地に出張し,在外でお世話になった皆さんへもご挨拶させていただきつつ,発表でもその場で聞いているみなさんの反応を見ながら質疑したかったというのも本音です.実際に現地に行けるということになれば,それ自体はかなりのモチベーションになると思いますが,それこそ現在,これだけ忙しい理由の一つでもあるコロナの状況が落ち着いてこないとまだまだ難しいでしょうね・・・

来年の今頃には国内外問わず移動が楽に&安全にできる状況となっていることを期待しつつ,今回のシンポジウムも可能な限り他の皆さんの発表を聞いておきたいと思っています.それは単なる知的好奇心であることはもちろん,ここ最近全く英語でのコミュニケーションを行っていないため,自分の本番(発表は事前録画しましたが,その後の質疑はライブですので)に向けて少しでも耳と頭を慣らしておきたいという下心もあります.
19日1日の諸々が終われば,(仕事的には定期試験の問題作りや採点など,ハードルはまだまだあるものの)心情的には”今年のデカい仕事は終わった”という感覚になりそうな気がしている&流石に今年はもう仕事を納めさせて(苦笑)という心情になりそうです.

2021/10/15

レコーディングの効果

このブログのサイドバーにも表示してあるTwitterでは最近,あと約1ヶ月後(ヤバい。もう1ヶ月しかない・・・)に迫った国際シンポジウム ISET2021 でお話しする予定である,基調講演用資料の作成記録を,確か今から半月くらい前からtweetしています.

知っている人は多いかと思いますが,幸か不幸か僕はここ数年”暇というものを経験しておらず”,仕事にせよプライベートにせよ常に何かに追われている感じなので,上記発表は引き受けた直後から「発表できる?そもそも資料作りは間に合う?」と考えていました.
という状況のため,主に”自分にプレッシャーをかける”ということを目的として,資料づくりを本格化し始めたタイミングで,発表資料作成に関する作業内容を原則毎日tweetすることにしました.
時々多忙のため and/or 夜ウォーキングにいって帰ってきたら日付が変わっていることもあるんですが,作業内容がほぼ0の時も含めて毎日tweetしています.

資料作成は上記の通り,他のいろんな仕事の影響で所々停滞しているものの(苦笑),当初予想していた以上に順調に進められている印象があります.誰が見ているかは置いておいて,誰が見ているかもしれないtwitterに進捗をアップするのは,これまた当初予想の通り,自分にプレッシャーをかける=毎日記録を取ると決めたことで,むしろ”記録を取るためにちょっとでも進めよう”という意欲につながる,という意味で効果があったのはもちろんのこと,

  • 記録を取ることで”今(これから)やる”作業内容を自分自身で把握しやすい
  • 過去の履歴を確認しやすい
  • 毎日少しずつでも作業に触れているので,発表内容を忘れない

といったプラスアルファの効果もありました.実は3つ目は結構重要で,これまでは仕事が忙しくなると,数日〜1週間くらい資料作成から離れてしまうことがよくあり,そうするとこれまで考えていた発表のストーリーを忘れてしまっていたり,そもそも資料がどこまでできていたか記憶違いを起こすようなことがあり,ただでさえ進んでいない資料作成の効率がさらに悪化するという状況になっていたところを,多少無理やりにでも進めることが作業内容が頭に常にある状況をキープできています.

油断はまだまだ禁物ではあるものの,実際このブログを書きつつも,発表まであと1ヶ月ちょっとしかなくて,その割にまだ資料は完成しておらず,当然話す内容もほぼ頭に入っていない,という現状は(認めたくないものの ^o^;;)しっかりと把握できているので,自身の繁忙度も考慮に入れつつ作業は進められそうです.

話は変わり,知ってる人は知っていると思いますが,実はここ数ヶ月の間,いわゆる”ダイエット”をしています.ただでさえストレスの多い日常を送っていますので(苦笑),ウェイトコントロールでまでストレスを感じたくない,ということで,詳細は省きますが”ほとんどノーストレスな方法”でいい感じに減量できています(簡単にいうと,糖質制限と適度な運動をしつつ,空腹にはしない,といった方法です).
ウェイトコントロールはこれまでにも何度かやっていて,実は失敗したことがありません(でも,長期的にはまた太っているので,これを失敗というのであれば失敗ですが,体重体脂肪に関しては”落とそうと思えば落とせる”).例に漏れず,今回も始めて3ヶ月くらいで順調に15Kgくらいは落ちていたんですが,この辺りのタイミングで偶然,"レコーディングダイエット"のいいスマホアプリがあるということを何かで知り(というか以前聞いていた名前をWebか何かで改めて見かけて),試しにインストールしてみたらこれまた面白い.
これは単純に効果が云々というより,個人的な嗜好で面白がって使っているんですが,もちろん効果もあるんでしょうね(使う前から順調に減量できていたので,効果を比較できないのは残念).僕自身がこういった

”しっかりと記録しながら作業することが好き”

というタイプである可能性も高いですが,単になんとなくやっていた普段の運動や食べ物の選定を履歴ベースでできるようになったり,毎日の摂取カロリーや運動による消費カロリーがある程度把握できるようになったことが楽しい.

こういったレコーディングが性格的に向かない,という人は当然いるでしょうから,万人受けする方法ではないと思いますが,例えばSNSで定期的に何か情報を公開しているようなタイプの人であれば、比較的親和性は高いような気がしました.企業で働く人が,日報や週報(最近はもっと細かいスパンで記録・共有している企業もありますね)をつけるのも,自分やチームメンバの作業内容を把握することによる効率化(や,ある意味で自分へのプレッシャかけ)を期待してのものなのでしょう.
・・・と,このブログを書きはじめると長文に(いつも)なることは予想済みなので(苦笑),資料作成は既にある程度進めています.

シンポジウムはオンライン開催.実はそもそも,海外で発表できることがこの手の発表の楽しみ,かつ,対面での発表が良いプレッシャーとなっていたのに,軒並み発表がオンラインとなってしまい,楽しみもプレッシャーも激減していたことから,今回のtwitter日報を思いついたんですが,今後,対面での発表が復活してもこの方法を続けるメリットはありそうかな,と考えているところです.

2021/09/23

Output ーしたいけれど、したくないー

 最近はもっぱら,添削,添削,採点,採点,添削,採点,添削,添削,の日々を送っています・・・.その間に入ってくるものといえば,授業やら会議やら,言っちゃあ悪いですが,自身のリフレッシュになるような類のものではなし(そりゃ,仕事ですから当然ちゃんと,全力でやりますがね).こう言った作業もある面では非常に大事な側面があることは承知しているものの,物事にはバランスというものがあって,誰かが作ったものを見て指摘することをInputとするならば,やはり自分が考えたものを形にしてOutputしたいとどうしても思う.

そろそろ後期も近づき,今度は後期開講の授業準備もしなければいけないわけですが,ここでいう資料作りも,実際のところはInput寄りです(作る,という意味ではOutputなのかもしれませんが,かなりの部分で”これまでに得た知識を流用”している面が大きいので).

ここでいうOutputは,少なからず”既知 << 未知”であるものを意図していて,どうすれば目的を達成できるか,ある意味苦しみのたうちまわりつつ産み出した何か(例:仕事関係でいれば,論文や発表など)が,結果としてこちらの期待通りとならずとも,それを見聞きした誰かにとって意味のあるInputになっていれば達成感が得られる類のもの,とでもいうのでしょうか.

以前このブログやtwitterかで紹介したかもしれませんが,何らかの技術や知識などの学習において,最後のフェーズは「それを誰かに教えられるか」どうかです.物事を完全理解できていなければ教えられないし,ただある意味矛盾する表現かもしれませんが,完全理解できているかどうかを把握するために”教えて(話して)みる”という作業がとても大事になります.自分が誰かに話してみることで,自分がその対象を完全に理解できているか,理解できていないのだとしたらどこがどの程度理解できていないのか,よりよく理解するためには何が必要なのか,などなど色々なことがわかってくる.要は,

"Outputこそが自分に対する最良のInput"

となります.
書籍や論文も,授業で教わったことも,ただ読んで理解したつもりになっているだけでは50点,それを他者にとってわかりやすく要約して説明できたり,実際にそれを応用して問題を解いてみたりしてみて初めて完璧な理解に到達できますよ,というように僕は考えています.

前にも書きましたが,そういう意味でボチボチ,11月中旬の基調講演が近づいてきていて,その発表資料を作らなければいけません.自身の研究に関する発表ですから,新たな知識はいらんだろ,という話ですが,もしかするとよくよく整理して話そうとしても,どうにもこの部分がうまく説明できない,といったスライドが登場するかもしれません.研究の世界は一般的に”既知の(答えがわかっている)もの”は対象にならないので,研究を進め,実験を通してわかったつもりでいても,実は当の本人も完全に理解しきれていなかった,ということは少なからずある話です.ですから,この機会は最近Inputばかりの僕にとっては良い(いや,ある意味では多少厳し目の)エクササイズだと思っています.

InputばかりだからOutputしたい,と考えている自分にとってはまたとない機会ですが,先述の通りある意味のたうちまわるような苦労を,他の仕事の合間に,締切厳守で(苦笑),かつOutput対象の言語は英語で進めなければいけないので,タイトルの通り,”したいけれど、したくない”というのが率直な気持ちなんです・・・
とはいえ,締切があるとか,もう決まっちゃってる(学会HPには僕の写真も講演の概要もアップされちゃってる)という状況は,自分に鞭を入れるという意味では非常に効果的ですね(涙).
まだしばらくInput作業自体は別件で続きそうですが,そろそろデュアルで作業をしていこうと思っています,ということをここで宣言することで,新たな鞭を自分に入れようと思った次第.

2021/08/19

Social Innovation

5月末にアップした読書記録のうち,読了していない2冊(FACTFULNESSとサーチ・インサイド・ユアセルフ)は実はまだ読み終わってないんですが,とは言え読むのをやめたわけではなく,”細々と”読んでます(読み応えがあるのと,内容はしっかり頭に入っているので,このままマイペースで行くか,と).
そんな中,子供たちが図書館に行くってんで着いて行ったら比較的面白そうな新書があったので適当に2,3冊見繕って借りて読んでいたら”当たり”に遭遇しました.

「世界を変えるSTEAM人材 シリコンバレー「デザイン思考」の核心」 
ヤング吉原麻里子,木島里江 著 朝日新書

借りておいて言うのもなんですが,STEMはある程度知っていたものの,実はSTEAM(要は、STEM + "A")はよく知りませんでした(だから借りたという話もある).STEMは

Science,Technology,EngineeringにMathematics

の略ですが,このワードを見て,日本で言うところの理系を思い浮かべるのはあまりよろしくありません(と言うのが個人的な見解).そもそもが理系/文系のように,簡単に学問領域を一刀両断になどできるものではない=各分野が相互に影響を与え合っているのが実際の姿,というのが僕の考えですが,STEAMはまさにそれを体現していると言えるかもしれません.で,追加されたAですが,これは”Arts”.ただし,日本人が一般的にArtに対して思い浮かべる「芸術」と言うよりはむしろ”リベラルアーツ”(これまた日本語訳にはめるとちょっとズレてくる感がありますが,いわゆる教養科目)といった方が妥当で,いわゆる数理的,工学的なスキルを,実際に人間の生活を向上させるため,困っている人のニーズを満たすために使っていこうとするために必要な能力を学ぶ,もしくはそういった能力を有した人材をSTEAM(人材)と呼ぶ,とのこと.

この本を読んでいて図らずも感じたのは,東京高専の“社会実装プロジェクト”導入の資料としても良い書籍なのでは?ということ.本のサブタイトルともなっている,いわゆる「デザイン思考」というのは,ウチの社会実装プロジェクトのカリキュラムを検討する際にもキーワードとして出てきていた用語ですが,この書籍を読んで,より具体的にイメージができたと思います.

率直に言って,社会実装に限らず,教員や職員がどれだけその科目について方法や目的を把握していても,授業を受ける学生が“何のためにこの(こんな?)授業を受けるのか(受けなければいけないのか)?“を理解できていないと十分な学習効果が得られないのではないかと思っていますが,特にここ最近で授業化された社会実装系科目は,特にその傾向が強いように思っています(実の所,社会実装は教員間でも捉え方やイメージ,到達目標にずれがあるのではないかと感じています).

この本は,東京高専における社会実装に特化した内容では当然ないですが,

・社会のニーズを吸い上げ
・ニーズを持つ当事者とのやりとりを通して
・プロトタイプの作成とフィードバックを経て
・実践的なものづくりを進めていく

という,東京高専における社会実装にもフィットした“STEAM人材育成”のエッセンスや他の機関における実例が紹介されているので,なるほど東京高専でのこういったことをやりたいと思っているのか,といったイメージがつけやすいように思いました.

冒頭に書いた通り,実は現在,読んでる最中だけれど読了していない本もある中で,この本は新書という形式もあり(&図書館で借りた本なので返さないかんこともあり),かなり短時間で,気軽に読めるのも良いですね.

最後に1つ,この本の中でも序盤で,これはまさに社会実装に取り組む際に重要なスタンスだな,と僕が常々考えている“イノベーターのマインドセット”(マインドセット=ものの考え方、心構え、姿勢)が紹介されているので、それを引用したいと思います.

① 型にはまらない think out of the box
② ひとまずやってみる give it a try
③ 失敗して、前進する fail forward

個人的には特に3つ目が重要だと考えています.企業や組織との連携も積極的に行われている科目なので、連携先のスタンスによっては失敗に対する捉え方が変わってくる可能性もありますが、社会実装の科目自体はむしろ”どれだけ有意義な失敗経験を積めるか”こそが重要だと思っています.取組のフェーズがどの段階か(企画/開発/実証実験/実用化などなど)によっても違ってくるとは思うものの,少なくとも学生の皆さんのための科目として存在する以上,”失敗はできるうちにできるだけしておいた方が良い”でしょう.

ちなみに今日のタイトルである"Social Innovation"ですが、この本の終盤で紹介されているアメリカの,幼稚園年中から高校生までの14年間,デザイン思考を取り入れた未来のSTEAM人材の育成を目指す私立校に実際にある科目名とのこと.東京高専では日本語名が社会実装なので,英語訳は直接的にSocial Implementationとすることが多いと思いますが,語感を見て一発で「こっちの方が格好良いな」と思ったので,エントリのタイトルにしてみました(笑).

2021/08/07

夏”休み”?

 東京高専では7月22日から,学生は夏期休業に入りました(8月31日まで).正直言って,台湾にいた2018年度は除き,いわゆる夏休みに休んだという実感はほとんどないのですが(苦笑),今年度はこれまでに輪をかけてさらに”休んでいる実感がない”夏休みとなっています.

単純に言って,やることが多過ぎます.当然コロナ禍の影響もありますが,担任業務を掛け持ち(!?)していることもあり,学生からの連絡や学生へ連絡するという作業がかなりあったり,そんな中でも研究周りの作業も進めねばならずで,例年よりマッサージに通う頻度が確実に上がっています(ホントに).

7月末,ここ最近では個人的に一番大きなイベントであった,久留米大学さんでの公開セミナーを終え,今度は11月に開催される国際シンポジウム(ISET2021)の基調講演の準備だ,と思っていたのですが,残念ながら単純に時間的な余裕が全くないのでとりあえず放置しています.

今日からうちの学校では,ここ数年恒例の”省エネ期間”(冷房で電気代を食うから全員来るな,の期間)なんですが,学校に行ってないだけでやることはほぼ同じ(強いていうならマッサージに行ったくらい)という感じ.
コロナ感染者数も急増していますので,本格的に休めるかどうかという話はあるものの,少なくともアクティブに動ける状況ではありませんので,ひっそりと過ごしたいと思っています.

インターンシップに参加する学生の皆さんには,せっかくの機会ですので是非貴重な経験を積んできてほしいと思うと同時に,可能な限りの注意をしながら,様々な状況の変化に柔軟に対応できるようなRobustnessも身につけてもらいたいですね.
様々な理由で参加しない(参加できない)学生もいますが,その分自由になる時間は増えますし,否応なしに行動が制限される分,集中して何かに没頭できる面もあるでしょう.ただただ”コロナにやられた年だったと記憶するのは癪”ですので,この機会に何か目標設定して頑張ってみるのも一つの手だと思っています.

2021/06/21

文章作成の際のページ制限について(for beginner)

 5月末辺りから猛烈に忙しくなってきて,ものの見事にBlog更新頻度が下がりましたが(苦笑),幸か不幸かある意味予想通りだったので持ち堪えられています(来ると分かっていれば,心も体も意外と準備できるもの).
そんな昨今ですが,うちの学科の5年生が中間報告書の作成のタイミングとなり,これはちょっと書いておくかということで久しぶりに書きます.ちなみに今回のネタは,この夏休みに各企業様にお世話になり,夏休み明けに報告書を書くこととなる高専4年生(東京に限らず,インターンシップを行う高専は同様でしょうか)にとっても大事な話かもしれません.

何かについて文章でまとめよ,という場合,そのほとんどで”何ページ以内”といった制限がつきます.ページ数が少なくて喜ぶ人は,文章作成経験が乏しい人か,そのことについて真面目に取り組まかったために書くことがない人か,その両方です.”いくらでも好きなだけ書いていいよ”と言われた場合が最も楽勝で,逆に極端な話”今回のテーマについて一言で”とか,俳句(原則17文字)で表せ,という方が難易度が高いと思いませんか?(Twitterは140文字でしたっけ?結構少ない文字数ですが,あれで言わんとしていることをしっかり表現しきっている人ってほとんどいないのではないでしょうか?結果として,意図が正確に伝わらずに=誤って伝わって要らぬ騒ぎが起こったりしているような・・・Twitterユーザの全員に文章力があれば,また,しっかりと推敲した上で投稿していれば,勘違いや意図を伝え損ねての問題はぐっと減って幸せな世界になると思います)

話がそれましたが,書くべきことがそれなりにあるのに,それを少ないページ数でコンパクトにまとめて表すことの方が,好きなだけ書いていい,とか,何ページ以上書いてと言われるよりも大変そうだということがイメージしてもらえたでしょうか.
少ないボリュームでまとめること自体,そもそも難しいのですが,それに加えて特に文章作成経験の乏しい人や,これから書こうとしている対象についての知識が乏しい人が苦戦するのが,“そもそも何を書くべきか”を取捨選択することです.

報告書などのフォーマルな文章の執筆初回(or 数回の経験)で,これをいきなり過不足なく,かつページ制限を守って書き切れる人には会ったことがありません.むしろ最も多いパターンは

”書かなくても良いことをあれこれ書き,書かなければいけないアレコレが抜けている”

というものです.で,これも最初のうちはしょうがない面があるのですが,多くの皆さんにとっては「この資料は何ページでまとめよ」という制約が猛烈に大事”であるようで,要らないコンテンツが大量に含まれている上に必要なコンテンツが複数抜けているのに,丁寧に時間をかけてページ数の制限「だけは」守って提出してきてくれます.

・・・が,当然その文章は猛烈に無駄が多く,加えて必要なことが抜けているので,ほぼほぼ全部書き直す,といったような事態に陥ります.報告書にせよ何にせよ,ページ制限がある,提出締切もある,といった文章を作成する必要があり,かつ,そういった文章作成の経験がない場合,まずすべきことは

“これまでの自分の知識と経験を総動員して
「この文章に関してこれが抜けると,この文章の真意が伝わらない」
というコンテンツを全て文章に盛り込む”

ことです.当然,これまでの文章作成の場数が少ない場合,やはりそれでも重要なものが抜けたり,(最重要なものと比較して)要らないもの無駄なものがリストアップされたりしてしまいますが,場数を踏んでいくごとにだんだん,文章の骨格を作るために必要なコンテンツを過不足なくまとめられるようになっていきます.

その際,重要なことは,多少無駄なものが含まれるかもしれないが,“リストアップしたコンテンツの中に,絶対に必要なコンテンツが含まれること”です.文章内にそれらが含まれていて,願わくばそれが理解しやすい(理解可能な)流れや表現で記述されているのであれば,あとは不要な部分を削るだけです.特に初心者の場合,この訓練を積む過程では,文章作成のバージョン1(初版)からしばらくの間はページ制限よりも当然,文章がオーバーしますが,むしろそれで良いのです.初版の文章の中に必要なコンテンツが全て含まれていて,あとは削るだけ,なんていう文章を書いてくる学生がもしいたら,僕は感動して泣くかもしれません(大袈裟でなく)・・・というくらい,経験を積まないと難しい作業だと思います.

もちろん,ページはオーバーしてOKとはいうものの,2ページが上限の文章で初版のボリュームが4ページ(2倍)あるとなると,さすがに書き過ぎでしょうとなりそうですが,1.5倍くらいまでであれば(個人的には)全くもって許容範囲ですし,制限内におさめるというプレッシャーからは解放されるという意味でも良いかもしれません.
加えて,せっかくぴったりのページ数に収めて提出したのに,あれもこれも要らない,という一方,あそこもここも足りない,と言われてほとんど全部書き直せと言われるショックも多少は回避できるように思います.

今から自分が書こうとしている文章についての背景知識や文章作成スキルが不足しているという自覚がある場合は,そもそも最初から”一度に1から10まで全部書き上げよう,としない”ことも重要かもしれません.例えば,文章の序盤で致命的なミスを犯している場合,それ以降の当該箇所や,当該箇所と関連している部分は全部直さなければいけないことにもなります.あまりにも記述量が少なすぎるとコメントの出しようがない,という意味では「過ぎたるは及ばざるが如し」ですが,例えば1節程度のまとまりができた時点で見せてもらえた方が,早い段階で軌道修正ができるのでベターなように思います.

以上,僕がこれまで,多くの学生が文章作成初心者だった時分に彼らの文章添削をしていて思ったこと,および実際に指摘してきたことを踏まえてオススメしている”初心者の文章作成アプローチ”です.ただしこれはあくまでも「北越が考える」アプローチで,別の方には別の方のアプローチがあり得ます.また,上の方法がどうにも自分の文章作成法には合わない,という人もいるかもしれませんので,強制はしません.が,僕が人の文章を見るときは,上のような見方をしますので,近日僕に文章をみられることになる5年や4年の学生は,上記の内容を確認の上,試しにこの方法を意識して作ってみると,少なくとも僕とは相性が良くなるかもしれません.

2021/05/28

読書記録 April to May, 2021

 タイトルの通り、ここ最近読んだ(読み終わった)&読んでいる書籍と一言感想を、備忘録的にまとめておきます。

  • 「ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言」長谷川和夫 / 猪熊律子 著・・・日本の認知症研究の第一人者である長谷川先生の著書.自伝としても素晴らしいし,認知症について書いた書籍の中でも,最も説得力のある一冊と言えるでしょう.

  • 「世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない」 フランク・マルテラ / 夏目大 著・・・ある種の勘違いがきっかけで購入した本.ただ,そうでもなければ普段なら読まない類の分野かもしれません.関連書籍をあと数冊読んでみたいと思っています.

  • 「フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔」 高橋昌一郎 著・・・このリストにある書籍の中で,最も印象に残っている本.情報系なら絶対に知っているものの,流石にその考え方や性格までは知らなかったフォン・ノイマン.当たり前ですが,彼は架空の世界のヒーローではなく,血の通った人間であり,ある意味科学に魂を売った,正真正銘の天才であるということがよく分かる.

  • 「フィンランドの教育力 なぜ、PISAで学力世界一になったのか」 小林禮子 / リッカパッカラ 著・・・リスト2つ目を読了してから買い直した(!?)本.東京高専はフィンランドとは縁があるわけですが,フィンランドからの留学生を受け入れるたび,学生個人のパーソナリティに加えて,フィンランドという国の教育システムにも興味をもった次第.分かったつもりになっているものの,もう数冊読んで知識を深めたいと思わせた一冊.

  • 「FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」 ハンス・ロスリング / オーラ・ロスリング / アンナ・ロスリング・ロンランド / 上杉周作 / 関美和 著

  • 「サーチ・インサイド・ユアセルフ ― 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法」 チャディー・メン・タン / 一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート / 柴田裕之 著

最後の2冊は現在読んでるところ・・・ではあるものの,猛烈に忙しい真っ只中なので,いつ読了できることやら.キーワードは微妙に似ている,FactfulnessとMindfulness.後者は,ここまで忙しくなる前に読み終わっておきたかった(この多忙の中,心の健康をキープするのに役立ちそうなので).

2021/05/23

論文は1章から書いてはいけない(for beginner)

 何だか,こんな”〇〇は××しなさい”とか,”△△は□□しなさんな”みたいなタイトルの本が多いので,タイトルの感じを真似してみました(笑).


タイトルは多少ふざけましたが,これまた先日の英語の話題と同じく,普段から思っている,と言うか,学生の皆さんに論文(学会・研究会・発表会等での要旨も含む)を書いてもらうたびに助言していることなので,今回,文章にまとめておこうと思いました.

最初に断っておきますが,今回のタイトルはカッコ書きで「for beginner」と書いてある通り,以降の内容はまさに初心者向け,要は,論文や発表要旨を作成した場数がまだ少ない学生さん向けのものとなっています(場数を踏んでいる人なら最初から”書ける”ので書いても良いし,なんなら書きたいところから書けばいいのです・・・が,こと初心者に関してはよろしくない,という話です).

タイトルにインパクトを求めたので(苦笑),タイトルに含まれた情報量は実は少し少なくて,厳密に言うと,
”アブストラクト(あらまし)と第一章/節と最終章/節は,最初に書いてはいけない(というか,書けない)”
が,僕の考えです.

卒業論文や学会発表論文,要旨などには,その冒頭で論文全体の概要を記載するアブストラクト(Abstract)を用意する必要があることが一般的です.それに引き続き,研究の背景や対象領域における課題,自分の研究テーマの意義や目的を記載する第一章(はじめに)があり,その後,提案手法の説明や手法の説明のための準備,手法の妥当性・有効性を評価するための実験の説明等が続き,実験結果や考察に関する記述があった後,論文に記載された研究の取りまとめと今後の課題や方針について述べる最終章(まとめ・結論)が記述されて本編は終了.論文によってはその後に謝辞(協力いただいた関係者・機関等へ感謝を述べる)が挟まって,最後に参考文献,必要に応じて付録(本編に記載するには場所をとるので最後に回した補足説明や数式の証明など)を記載することとなります(論文や本など,100ページ以上のボリュームとなると文章の一まとまりは「章」で区切りますが,数十ページの論文やそれ以下の用紙の場合は「節」で区切るのが普通.章・節・項というのが単位になります).

特に,卒業研究をはじめとする研究活動を始めたばかりの学生がこの手の文章を書くことをイメージした場合,上記の各章 or 節の中で,どこが一番書きやすいと思いますか?
個人的には,恐らくほとんどの学生が一番先に取り組むであろう,自身の提案したい/開発したい手法やシステム,機械装置などに関する説明であったり,既にそれらが完成しているのであれば,これまたまさに自身が実施(しようと)している実験設定や結果・考察に関する記述ではないかと思います.これらはまさに,自分自身がリアルタイムで取り組んでいたり,実施した直後であったりするので書きやすいですし,むしろしっかりと覚えている間に書くべきです.また,書くことでアイディアの構成や実験設定の”抜け”に気がつき,早めに手法や実験設定の修正も可能になる,というメリットもあります(これはまた別のエントリとして書きたいですが,アウトプットはある意味,自分にとっての最良のインプット/フィードバックとなるので,書いてみるということはその意味でも重要です).

要は,論文の章立てでいうところの”中盤部分が一番書きやすい”(書こうと思えばすぐにでも手がつけられる)部分となるわけですが,ここまでは良いでしょうか?これはこれとして,ではなぜ,アブストラクトや一章,最終章は書きづらい/書いてはいけないのでしょうか?
まず,一番わかりやすいのはアブストラクトです.アブストはその名の通り,論文の概要(あらまし)です.論文の全体的な内容を,特に最も重要な,”読者が知りたいであろう内容”に絞り込んで要約したものがアブストです(アブストラクトは,論文によってはサマリー=summaryとも言います).
考えてみてください.研究を始めて間もない,ヘタをするとシステム開発も完了していなかったり,実験結果もまだ得られていないような状況で,研究全体の要約を書けると思いますか?
アブストラクトやサマリーは論文の冒頭で,あまり多くのボリュームを取らずに,簡潔にまとめるべき文章です.学生の皆さんは長文を書く(書かされる?)ことを嫌がったり心配する傾向があるように思いますが,むしろ,大事なことを(余計な部分を削り取って)簡潔にまとめれる能力の方が重要かつ,高い作文能力が求められます.そういった意味でもアブストラクトは第一章と同様,書くのは一番最後とすべきです.

続いて第一章ですが,第一章では
”その研究がどのくらい意義深い=やる必要性や将来性があるか”
について,読者を納得させる必要があります.もっとぶっちゃけていうと,面白そうなことやってるな(続きを読んでみようかな),と思わせることができるかどうかが重要です.
論文タイトルを見て興味を持たない読者はその論文自体を手に取ることはないでしょう.タイトルに惹かれても,アブストや一章を読んで面白くないと判断したら,それ以降を読むことはありませんね.”タイトル・アブスト・一章は論文の看板であり顔”です.看板を見て美味しそうな店だな,と思わせないと,人は店の中までは入ってきませんので,そういった意味でも非常に重要な役割を果たすパートです.

自身の研究の意義や重要性を説得力のある(簡潔な)文章で述べる必要があるので,当然関連研究についても押さえておく必要がありますし,自分の研究を完全に理解した上で執筆を始めないと,後からあれも足りないこれも足りない,ということになってくるわけです.
結果,最初にあるからと一章から手をつけても,一向に書き終わらず,そうこうしているうちに一章も書き終わらないうちに締切が来てしまうのですが,正確にはそうではなく,本来最後に取り組むべき文章に最初からチャレンジしているという順番自体に致命的な問題があります.
同様に,最終章もその研究全体をよく理解していないと書けませんし,そもそも一章と最終章はほぼ,記述内容が同一です.強いていうなら一章では,「これから○○について検証する」,とか,「こういった目的で実験を行う」,というように,現在形・未来形での表現が多く,最終章ではそれらが「○○について検証した.(その結果・・・)」,「実験を行った」のように過去形・完了形に変わるという程度です.一章では未来形であったのに対し,最終章では完了しているので,その結果や,結果を踏まえた今後の課題・方針に関する記述が付加される程度で,書くべき情報や書くために必要な準備はかなりの部分で重なります.

ある意味,初心者限定です,と冒頭で断ったのは,初心者と場数を踏んだ学生や教員では,文章力の差はもちろんのこと,それ以前の問題として自身の従事する研究そのものに対する知識や経験が少ないので,一章やアブストを書きたくても,書くためのコンテンツを持ち合わせていないのですから,書けなくて当然とさえ言えます.
ただし,そろそろ卒研を取りまとめますよ,というタイミングになっても書けないとなってくると,それはそこまでの時間を何に使っていたの?ということにもなってくるので注意が必要です.例えば4月から研究を始め,教員や先輩のアドバイスを聞きながら準備を進めつつ,自身の研究の意義や将来性,他の研究との違いを明らかにするために文献を調査し,手法を考え実験を実施し,結果が出て取りまとめて,評価・考察をしていくうちに,一章や最終章を書くための情報が溜まってくるハズですので,”その頃には”少なくとも当該の章を書くためのコンテンツは揃ってきているハズですね(あとは文章力の問題です).

何度か要旨を書いたり,学会などで発表したりしている学生であれば,自身の研究に対するベーシックな知識や他の研究との類似点・相違点,現在の自身の研究の完成度などについても把握できているでしょうから,正直に第一章から書き始めるという選択肢もできるでしょうし,状況に応じてそれ以外の章から書いていくことも可能かと思います.
文章力についても,最初はかなり苦労するでしょうから,文章を書き始める必要がある時は修正の時間を大量に用意できるよう,可能な限り早く書き始めることが重要です.しかしながらその一方で,ある程度のレベルまでは,繰り返し訓練することでほとんどの人は確実にたどり着けます.発表スキル等と同様,やればやるほど向上しますし,どんな人でも向上できるレベルの上限にまで到達すれば,世の中でも”文章が/発表が上手い人”と一般的に認識されるレベルにまで到達できると思っています(この意味で,「自分には文章/プレゼンの才能がない」と言っている人は,プロの小説家や俳人,インフルエンサーでも目指しているのであれば別ですが,いわゆる技術文書を書いたり,学会発表をしたりすることに関して言っているのであれば,単に”練習不足”なだけだと断言できます.怠けずに練習してください).

ただ,そうは言っても世の中では意外と「一章(アブスト)から書いてね」などと言われることが多かったりもします.そのような,否応無く対応せざるを得ない状況に遭遇した時,極力避けたいところではあるものの避けられない場合は,文字通り必要最低限の当たり障りのない文章を作成し,真面目に作文に取り組むのは,順番として最後の方に回すのがやはり結果としてベターだと考えます. 
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