2022/10/07

研究は楽しい ーただし、ただ楽しいだけではないー

 昨日,恐らく3年以上ぶり,要はコロナが流行する前ぶりに,卒研に従事しているウチの研究室の全学生さん(5名)と,対面&個別&(昼食は挟んだものの)ほぼぶっ通しで打ち合わせを実施しました.

ここ数年,対面でのミーティングはやったとしても年に年に1,2回,時間制限も設けた中でやらざるを得ませんでしたが,昨日のミーティングは全員とびっしりと実施した感覚がありました.

率直に言ってどの研究も,順調に進んでいるとは言い難い状況ではありますが,それぞれに何とか,年度末に向けた方向性は見えてきたように思います.にしても,ぶっ通しの打ち合わせが久しぶりだったせいか,自分が歳をとったせいか,もしくはその両方の影響か,終了後はかなりバテました。打ち合わせ自体、当たり前ですが真剣に臨んでいたからでもあるでしょうが,もしかすると”打ち合わせに必要な体力”みたいなものがあって,しばらくぶっ通しでやっていなかったので,その体力が落ちてしまっていたのかもしれません.

とはいえ,研究の話をすることは楽しいです.うまくいっているから楽しいとか,会話が楽しい,というのとは違って,内容がかなりネガティブなものであったとしても,進捗が滞っていたとしても,解決すべき課題の解決策が見つからずにウンウン唸っていたとしても,そういった苦労をすること(そして,それを経て苦労を乗り越えること)や,自分が予想していなかった課題や成果に遭遇することに楽しさを見出しているように,個人的には思います.

いわゆる,ゲームや遊びの楽しさとは違う楽しさでしょうね.こういった,苦労や大変さの中に”研究の楽しさ”を見出すことができないと,研究職に就くことはできないでしょうね.
ただ,こう言った能力というか考え方は,研究(開発)職に特有のもの(他の職業には不要のもの)かといえばそんなことはなく,どこに問題があるのかを見つけ(課題発見能力),どうやってその問題を解決していくのかを考え(課題解決能力),得られた成果を,伝えるべき人にどうやったらわかりやすく伝えられるか悩む(コミュニケーション能力)ことで,現代であればどのような職業に就いたとしても必要な能力を向上させられます.

そう言った意味で,自分は将来研究職に就くわけでもないのになんで卒研なんてやらなければいけないのか,という疑問に対する回答にもなるかと思っています.だからこそ,一般的な工学系教育機関では,卒業研究が必修科目になっているんでしょう(というか、卒研が必修でない大学があることが信じられません・・・そう言った能力がなくとも,それなりの仕事に就けるということなのか,そう言った能力が必要ない職業が主要な就職先候補なのか).

はっきり言って,研究活動の大部分は単純な楽しさとは無縁の,”地味で地道な”活動であることが多いでしょうが,そう言った活動の成果として(そう言った活動を経るからこそ),興味深い結果や新たな知見,発表を見聞きした人からの高評価などが得られた時,楽しさというか,充実感・達成感を感じられるのかもしれません.

活動が真面目なものであるからこそ,感情的にはリラックスして,柔軟な考え方で遊び心を持って臨んだ方が,むしろ課題の解決や新たなアイディアの気づきに近づくのでは、とも思っています(個人的には,「仕事は力を抜いて,遊びは大真面目に」というのが,特に博士後期課程に進学して以降の僕の生き方の方針です).
そう言った苦労・努力と,苦労・努力の先にある楽しさの両方を,卒研に従事する学生全員に味わって欲しいと思います.

2022/09/30

週明けからは後期が始まります

1ヶ月ほどのご無沙汰でした.

この1ヶ月,おかげさまで本はかなり読めているんですが,中々アウトプットの機会がありません(どちらかというと,心理学や哲学関連の本ばっかり読んでいたような印象があります.アドラー心理学とか,思考力に関する書籍とか).

加えて,前期と比較して後期は担当授業が多いので,その準備でかなりバタバタしていました.そうこうしているうちに,あっという間にあと3日後には後期が始まります.
学生の皆さんは後期の準備は大丈夫でしょうか?秋休み前,私が担任しているクラスには,

”休養も重要だけれど,この休みは後期に向けた「準備をする」という意味合いもある”

という話をしましたが,準備は万端かどうか.卒業研究や特別研究に従事している5年生や専攻科2年生,また今年度は新カリキュラム1年目ということで,専攻科1年生も結構色々と大変かもしれません.
率直に言って,卒業研究・特別研究に従事している学生については,緊張感や危機感が感じられません.それより何より”主体性”が感じられないのが非常に恐ろしいです.主体性がない学生には,曲がりなりにも研究活動と呼べるような活動はできないと思っています.

初めて研究活動に従事する学生にいきなり主体性を持てと言われても,という意見もあるかもしれませんが,少なくとも年度はじめ(僕の研究室を希望してくれた学生にはその前)から繰り返し伝えており,頻繁に伝えてきました(「主体性を持て」と言われてもピンとこないでしょうから,これこれこういったことを”自ら動いて”実施するんだよ,と伝えてきたつもりです).
これまで主体性を発揮する機会がなかったとすると,それはそれでウチのカリキュラムに致命的な問題があると言わざるを得ませんが(恐らく,機会は少なからずあったはず),少なくともこの半年で成長の機会はあったはずです.後期になっても変わらないとすると,それこそ危機感が,具体的な”危機”に変わってきます.

実際に論文がまとめられない(それどころか,そもそも書く内容がない)となってしまってからでは遅いのですが,そうならないことを期待したいと思います.

2022/08/23

SABAKAN ー夏休みに鑑賞した映画ー

書籍の紹介をすることが多いこのページですが,今回は映画の紹介を.
ここ最近,映画を観ることが増えてきました.学生時代もよく観てきたのですが,読書欲と同様,映画鑑賞欲も復活してきたのは良い傾向のように思っています.

この夏休み期間中は既に トップガン マーヴェリック を観ていて,これもかなりの傑作でした.そもそも僕はリアルタイムで,劇場で第一作目を(地元の函館で)観ていて,第一作目を良い意味で意識した作りになっていることに非常に感動しました.とはいえ,当該作品を初めて観る(一作目を観ていない)人にとってもインパクトを与えられる作品だったと思っています.

が,今回紹介したいのはタイトルにもある

”サバカン(SABAKAN)”

という作品.

この映画もある意味 トップガン マーヴェリック と同じく,僕が小学生,中学生の頃を思い出させる1980年代後半を時代背景とする物語です.(まさに一作目のトップガンが上映された)1986年の長崎を舞台に,小学校高学年の少年二人の友情を描いた作品です.

その当時流行っていたキン消し(大人気の漫画,キン肉マンのキャラクターをかたどった消しゴム,と言っても,消しゴムとして使っていた人は一人もいなかったでしょうね・・・いわゆるコレクションのためのもので,僕も大量に集めていた記憶があります)が出てきたり,大好きなアイドルが斉藤由貴だったりと(現代の学生の皆さんは知らないと思いますが,“スケバン刑事“というドラマが人気で,その第一作目に主演していました),その時代に同じように小中学生だった僕にとってはかなり琴線に触れるバックグラウンドでした.

また,少年たちが住む長崎という街は,僕が高専を卒業するまで住んでいた函館市と

  • 坂が多く
  • 異国情緒漂う
  • 港町

であるという点で共通していて,美しい海や山の景色を見ると,ついこの前帰省したばかりだというのに(苦笑)故郷を思い出させると共に,そのストーリーから自分の少年時代も思い起こさせてくれ,おそらく映画を観ていた他の皆さんより僕を感情移入させたようにも思います.

(これから観る人もいるかと思いますので)ストーリーの詳細は省きますが,少年二人の友情物語は単純に感動します.また,このお話は現代,これまた恐らく現在の僕と同世代であると思われる草彅剛が演ずる売れない小説家が,少年時代を思い出す回想として語られていくところもグッときます(この人のナレーションは,本当に,なんとも言えず心に響く印象があります).草彅君は,実際にも僕と同世代なので,ますます感情移入してしまいます.僕より若い世代の皆さんは,もしかするとそこまで映画の世界には入り込めないかもしれませんが,とはいえどの世代の人であっても,自分の子供時代を思い出して感慨深くなることはあるでしょうから,そういった世界観に興味がある人にはお勧めです.

少年二人の両親も,いかにも当時のお父さん,お母さんという感じで,こんな人いたいた!と感じながら見ていました.

特に,父親役の竹原ピストルは最高でしたね.物語終盤で,父が息子と自転車で二人乗りしながら“酒と泪と男と女”を歌うシーンがありますが,これは竹原ピストルの情感に満ちた歌声による相乗効果で,より感動を促したように思います.

映画の紹介をする草彅剛のインタビューが記載されたHPで,是非子供にも観てほしい作品,との一文がありましたら,個人的には,子供も感動する,というより,子供たちがこの作品を観て,どういった感情を抱くのか,単純に非常に興味深い作品だな,と感じました.今回は僕一人で見にきたんですが,上映期間中に子供たちを連れてもう一回,観に来るかもしれませんね.

P.S. と書いていて思い出しました.夏休み,もう一作,映画を見ていました.チビ二人を連れて見にきた“映画 ざんねんないきもの辞典”も面白かったです.オムニバス形式で3話からなる映画でしたが,大人でも十分に満足できる面白い出来になっていました.

2022/08/15

何のために文章を書くのか ー人を動かす文章ー

 先日のエントリで紹介した4冊のうち2冊,

を読みました.両方とも中々に面白く,文章作成の際の参考になる書籍でしたが,この2冊に共通していることとして,タイトルにもある通り,”文章を書く目的”があります.表現は若干異なるものの,双方で強調されているのは,

文章を書く目的は”人を変える=人(の心)を動かす”ことである

ということで,これはまさにその通りだと思います.いわゆる理系(科学系)・工学系の文章(例:論文やレポート)の場合,客観的かつ冷静に研究の独創性や新規性,有用性を示したり,行った実験の結果を明確に示すことで読む人からの評価を得る(査読者からacceptされる/読者にとって有用な知見を与える)必要がありますし,いわゆる一般的な読み物であったとしても,読者がそれを読んで感動したり笑ったり,場合によってはそれをきっかけにその後の考えや振舞が変わるような変化を与えられることが理想で,少なくともそれを目指して書かれることが前提になっているべきでしょう.

堀井憲一郎さんの書籍は,著者がコラムニストであることもあり,”面白い文章”を書くための方法にフォーカスしていますが,それでも学生の皆さんにとって参考になることがたくさん書いていました.例えば,文章を書く際にはその文章を読む人をできるだけ具体的にイメージすべきことや,何を伝えたいのか,まずはそこを意識した上で文章を書き始める必要があることなどは,まさに論文を書く際にも非常に重要なポイントです.

斎藤孝さんの書籍では,企画書からお詫び状,メールの文書まで、様々な文章/文書の書き方を,それらが”書かれる目的”に応じて説明しています.こちらでもやはり,その文章を読む相手のことを意識し,また,その相手に対してこちらはどのような変化をもたらしたいのかについても具体的に意識して書くことを前提とした上での具体的な書き方が記載されていて,中々実用性のある内容でした.

また,そもそも良い文章を書くための準備,練習についても,双方の書籍で記載がありましたが,それぞれの著者の活躍の場が異なっていることもあり,共通していると思えるノウハウもあれば,書く文章の種類によって準備の仕方が変わってくるものだなぁ,と思えるものもあり,対比しながら読むことで読者の考え方の幅も広がり,効果的だなぁ,などと考えながら読み進めていました.

特にここ数年で,文章を書くことに苦手意識を持つ学生が増えてきているように思いますが,恐らくその原因は,

  1. そもそも書く経験自体が乏しい
  2. 経験が少ないので,まずはたくさん書いてみる,ということをしない
  3. 良い文章を読む頻度が乏しい
といったところが主なものと思っています.書けば書くほど上手くなるし,その際,アドバイスを受けながら修正すれば上達のスピードも上がります.上のような書籍を参考にして,練習も積みながら書いていけばさらに効率も良いでしょう.
上記書籍にも記載がありましたが,話すことと書くことは全く別物です(プレゼンがうまいからといって良い文章が書けるわけではありませんし,その逆もあり得るでしょう).良い文章を書くためには,それなりのトレーニングが必要ですが,苦手意識のある人にとって朗報なのは,そのトレーニングは決して”決死の特訓ではなく”,とはいえ,日々のちょっとした努力と継続的に書き続けることで,どんな人でもある程度のクオリティの文を書けるようになると言えることです.

特に,我々が目標としているのは文芸的に素晴らしい小説の大作などでなく,工学的にわかりやすいすっきりと読める文章ですので,文学的なボキャブラリや詩的な表現なども不要です.
一方,上達するまでにかかる時間には個人差もあるかと思いますので,特に苦手意識があるという人ほど,早めにトレーニングを(できる範囲で,でも,継続的に)始めておくことをお勧めしたいところです.高専や大学(特に理系)では,卒業のために論文を書かなければいけませんが,締切数週間前になって,実は文章を書くのが苦手で・・・と言われても,そこから急激に文章力を上げる魔法のような方法はさすがにないと思われます.

2022/07/26

2022夏の読書週間 ー図書館の利用法ー

 年度初めくらいから,諸々調子が悪い間も幸いなことに読書欲は衰えず,雑誌も新書もその他書籍も関係なく,かなりの分量読んできました.ちなみに,好んで読む本のカテゴリについて,僕はかなり”雑食”で,興味があったらどんな分野でも読みます.

ちなみについ先日も4冊ほど自宅最寄りの図書館から借りてきました.それが以下.

なぜこれらを借りたのかというのは,もしかするとわかる人はわかるかもしれませんが(苦笑),文章作成に関して最近,思うところがあったためで,個人的に文章術を勉強したい,というより、自分が思っている,考えていることを確認するためという意味合いが強いかもしれません.

書籍の知識を本当に生かしたいなら,借りるのではなく買った方が良い,という人がいますが,この意見について,僕はある意味では賛成です.
個人的に図書館では,時間がある時は比較的じっくりと中身まで見て借りるものの,場合によってはタイトルだけ見て”ここからここまで”みたいな感じだったり,面白そう,と思ったものを取り敢えず,といった感じで借りてみることも多くあります.その上で面白いもの,是非手元に置いておきたい,と思った本は,一通り読み終わった後で敢えて購入することもあります.

最近は色々と値上げもしていますし,特に学生の皆さんの場合は書籍購入の予算も限られているでしょうから,図書館を有効活用するのはお勧めです.
ただ,個人的には,やはりどうしても自分にとって重要,と思える本は買って読む傾向が強いですし,自分の子供たちにも活字をどんどん読んで欲しいと思っています(マンガでも).幸い,彼女たちは父に似て比較的読書は好きなようですし,読書購入費用に関しては,分厚い専門書を何冊も,となるとキツイかもしれませんが(苦笑),基本的にどんどん買ってよし,というスタンスです.

実際,僕も子供のころからかなりの本を読んできていて,そういったインプットが今の知識やアウトプットの質・量に確実に影響を与えていると思います.そして,インプット自体は続けていかないと,時代の流れに置いて行かれるような不安感は持っています.
わからないことはネットで調べれば良い,というのも一つの真理なのですが,個人的な考えとして,ネットで調べられる情報は”深さがない”ということと,”真偽不明な情報が多すぎる(真偽を確認するのが難しい)”というところが難しさだと感じています.

本に書いてあったらそれは全部真実か,というと当然そんなことはないんですが,とはいえ,一冊の本を出版する場合,それが自費出版などでない限りはそれなりの数の人間の目による確認があるので,そういったところで一日の長があるかと.
加えて,これはネット上の文章でも良いかと思いますが,やはりたくさん文章を読むことで,自分が文章を書く際に使えるボキャブラリや,こういったときにはこんな表現が使える,といった表現の幅も増えるところがメリットだと感じています.

今,上のリストの3冊目を,それこそタイトルに惹かれて読んでいるところですが,共感できる部分がたくさんあって面白いです.時間があれば,これらの本を読んだ感想についてもアップできればと思っているところ.

2022/07/16

ドラマチックな実話 ー少し落ち着きましたー

 お久しぶりです.タイトルに記載の通り,ほんの少しだけですが落ち着きました.ただ,体力的精神的にはまだまだの状況なので,リハビリがてら少しずつ復活していきます.

そんななか,非常に面白い本に出会いました.

無敵の仕事術 君の人生をドラマチックに変える!
(加藤 崇 著,文藝春秋)

心身ともにすり減っている状況の中でも,読書欲は比較的高く,いろいろな本を読みましたが,なんでこの本を手に取ったのか,実は今でもよくわかっていません.別に仕事の仕方のスキルアップのための知識が欲しかったわけでもないですし,後述しますがこの本,どちらかというといわゆる”HowTo本ではない”です.そういう意味で,この本については,もう少し良いタイトルがあったのでは?とも思っています.

この本は,実話に基づく3つのエピソードをもとに,どうやって自分の仕事にやりがいを見つけ,生きがいをもって生きていくか,ということを,特に若い世代の皆さんに熱意を持って伝えています.どちらかというと仕事術というよりは,生き方を伝えている,とでもいうのでしょうか.
全て,著者である加藤氏が実際に体験した事にもとづいて書かれているのですが,これこそ文字通り,”事実は小説より奇なり”で,本当にこんなことが起こるのか!というほどドラマチックなストーリーで,読み進めながらワクワクドキドキしてくる感覚がありました.そして何より,この著者のパーソナリティに僕個人が非常に好感を持ち,加えて文章が読者をどんどん引き込んでいく感覚にもなりました.

物語のベースは,起業や企業再生といった分野のものなので,学生の皆さんにとってはまだ少し(もしくは全く)遠い世界の話題に思えるかもしれませんが,それぞれの企業は人型ロボットや赤外線を用いた視線認識など,高専の学生にとっても興味のある分野を取り扱っています.ただ,それよりなにより,著者はその成功体験だけをドラマチックに語るだけではなく,その裏に数々の失敗を積み重ねてきたこと,失敗による後悔がスタートラインとなっていることも率直に語っています.

ある意味,現在の僕自身の状況に重なる部分もあり,自分もここから”V字回復”していきたいという意欲を呼び起こしてくれるという意味で,出会うべくして出会った本なのかもしれません.

2022/04/07

2022年度(令和4年度)が始まりました ー皆さんへお願いー

 数日前に新年度が始まりました.


業務連絡的な内容&一部愚痴になりますが,手短に・・・

昨年度末から今年度はじめにかけて,メンタルにもフィジカルにも負担の大きい出来事が重なっていまして,その状況のまま新年度に突入しています.ということで,少なくとも体調はよろしくなく,メンタル的にも結構ダメージがあるままです.

とはいえ,やるべきことは大量にあります.病院に行かないと,とか,入院しないと,となってしまうと仕事に大きな穴があいてしまうので,そうならない程度に“仕事量を調整しながら”進めざるを得ないので,特に学生の皆さんにはご迷惑をおかけすることになるかもしれません.
復調してきたらその分の埋め合わせとしてバリバリ頑張りますので,少しお時間をください.
などと言いながらも本日から新年度のホームルームもありますね・・・

ちなみに昨年度と同様,今年度僕は本科担任と専攻主任(本科でいう担任のようなもの)を兼任です(これがまた大変で・・・).書類への押印や署名,その他依頼には,“リアルタイムでは対応がほぼ100%不可能”ですので,できる限り早めに連絡してもらえればと思います(これは僕の体調に関わらず,常にお願いします).

2022/03/08

論文って何?

ほとんどの(高専の)学生の皆さんは,本科5年生になっていきなり「これから1年間で卒業研究に取り組み,“卒業論文”を執筆する」ように指示されます(国立の工業高専では,確か卒業研究はどこでも必修だったと思います.ちなみに一部の,特に工学系理系でない大学では,卒業研究自体が必ずしも必修科目でないところもあります).

東京高専も,僕の母校である函館高専でも同様ですが,そもそも論文ってなんでしょうか?
すぐに答えられる人はいますか?ちなみにここで僕が意図している論文は,いわゆる小論文のような作文の延長ではありません(類似する部分もありますが,当然相違点も多いです).ちょっと狭い定義になると,学術論文が最も近いでしょう.コトバンクで学術論文の意味を調べると,
「新しい研究成果を内容とし,一定の構成を持った論文.一般に,論文名,著者名,序論,方法と結果,考察と結論,引用文献リストから構成される.通常は,学術雑誌に掲載されたものを学術論文と呼んでいる.」
となっていますが,ここでは例えば学会や国際会議で発表するために書く出版物も学術論文であるとしましょう.

学術論文には,上にもあるとおり,背景や目的が記載された序論と,自身が行った(提案した,開発した,改良した)対象についての記述と,その対象の妥当性や有効性を調べるための実験とその結果・考察,および,それらを踏まえた結論が必要であることが一般的です.
・・・が,よくよく思い返してみたら,僕が高専に着任してからずっと感じている(そういった学生が少なからずいる)なぁ,というNGケースを,(今年度はほとんどの学生が学位論文=卒業・修了のために必要な論文は書き終えていると思うので,未来の学生に向けて)ぜひ紹介したいと思います.

学位論文にせよ学会で発表する論文にせよ,大前提として必要なのはその論文で記載されている手法や理論等の有効性と新規性です(独創性があればなお良いですが,今の世の中,完全オリジナルな研究というのは中々ありません).それに加えて重要で,上記の通り,少なからぬ学生が忘れてしまうのが,その論文=研究の中で
“あなたは何をしたの?”
ということに関する説明です.
この研究はこんなにすごいんです,こんなに素晴らしい成果を挙げているんです,こんなに色んなところで応用できるんです,と言葉を尽くしたところで,その研究に具体的に従事しておらず“ただ紹介しているだけの人”は,その研究グループの主要なメンバとは言えないでしょう.

先にも記載した通り,最近の研究は完全オリジナルということは中々ありませんし,むしろ先輩の研究を引き継いで改良していくことを目的とする研究も多いですが,どこをどう読んでも“自分が何をやったのか”がわからなかったり,百歩譲って記述があっても,どこからどこまでが自分のやったことで,どこからどこまでが先人の成果なのかがわからないようでは“評価不能”です.
率直に言ってこの“あなたは何をやったのか”は,学位論文では有効性や新規性よりある意味ずっと重要です.なぜなら学位はその論文を書いた学生本人に与えられるものなので,その学生が何をやったかがわからなければ当然,卒業に相応しいかどうかも判断できないこととなります.ぶっちゃけ,結果が芳しくなかったとしても,
「自分がやったのはここで,こんな工夫をしたけれどうまくいかなかった.何故うまくいかなかったのかを検証してみたところ,こんな課題が見つかった.今後はこの課題を改善することで性能も向上することが期待できる」
といったような考察ができれば,卒業研究としては十分に評価に値するものとなり得ます.

研究を進めるにあたり,関連研究を調べてそれらを踏まえて自分のスタンスを明らかにすることも,先輩の研究を理解して先行研究としてまとめることも重要ですが,それらばっかり大量に記載されていて,肝心の“自分が何をやったのか“に関する記述がなかったり,どこがそれなのかさっぱり見つけられないような論文は,繰り返しとなりますが評価不能と言わざるを得ません.

現在これを読んでいる学生の多くは,これから卒業研究(特別研究)に従事し,その後に卒論・特論などを書く人が多いのではないかと思いますが,あらかじめ上記のことを意識した上で研究を進めていくこと自体,自分の研究の立ち位置や,進むべき方向性を常に意識し“迷走しない“ためにも有効であると思います.

実際,つい最近そんな論文を見かけたことがこの文章を書くきっかけになったものの,今これを書いておくこと自体,これから研究を始める皆さんにとっても有益な情報となるかと思い,一気に書き上げた次第です.

2022/03/04

追記 ー良い(まともな)文章の書き方ー

 一昨日紹介した雑誌特集の中で取り上げられていた書籍

「文章術のベストセラー100冊」のポイントを1冊にまとめてみた

ですが,東京高専の図書館にも所蔵されていることがわかり,買うより借りた方が早い(笑)ということで早速借りてきました.パラパラとめくってみていて,個人的にさらに(特に学生の皆さんにとって)重要だと思われる&誤解が無いように補足しておかなければいけないポイントがいくつかあったので追記します.

個人的に最も重要,かつ,勘違いしてはならないのは

  • 文章は必ず「推敲」する

というポイントです.先のエントリで,

文章が上手くなるための近道は、書いた文章を誰かに見せて、「添削してもらうこと」にほかならない。

という部分を引用しましたが,ここでいう添削とは.”書いた文章を見直し(推敲)もせず添削者(教員)に丸投げすること,と勘違いしないようにしてください.
そもそも僕の場合,誤字脱字が多かったり,話の内容がさっぱりわからない場合は「読めない」といってそっくりそのままお返しします.最低限,日本語で書かれた文章として読めるレベルの状況には,自分自身でしてください(というか,それさえできない学生は・・・悲しいかな結構な数いるんですが,それこそ,トレーニングしてできるようにならないと,特に社会人になってから地獄を見ます).

教員が(また,引用先の文章でいう「誰か」が)見るのは主に

  • 表現上拙い部分がないか
  • ストーリーの展開に不自然な部分がないか
  • 事実が正確に,過不足なく記載されているか

といった部分で,誤字脱字や”てにをは”の誤りを指摘することは,本来指摘すべき項目にたどり着く遥か前段階で,そこから添削なんてしていたら日が暮れるどころか,”本当の添削がそもそも終わらない(始まりさえしない)”です.

文章作成が一人前にできるといえる必要条件は,”自分の文章を「第三者の視点で」客観視して見直し,修正することができる”ことかと思います.それができなければ,常に誰かに見てもらわなければいけないことになります.ここまで到達するにはかなりの修行が必要ですが,教員をはじめとする誰かに見てもらう前に,自分自身でおかしなところがないか推敲する癖をつけることが,必要条件をクリアするための最初のハードルになります.

ちなみに上で述べた,教員が見る部分の3つめですが,これはいわゆる理工系や報道系の分野に特化した観点でしょうね(詩や小説といった分野は,そもそもフィクションの世界であることが多いでしょうから,その場合,事実関係云々は添削の観点からは外れるでしょう).


  • 比喩・たとえ話を積極的に使う

比喩・たとえ話を使うのは,いわゆる理工系の文章(例えばレポートや論文)ではむしろNGとなる(というか,いらぬ誤解を与える)可能性が高いです(我々の添削対象として「事実が正確に」記載されているか,という観点がありました.いわゆる本格的な比喩やたとえ話を用いて,事実がより正確に/わかりやすく伝わることもあり得ますが,これはかなりの高等テクニックだと思います).

むしろ,特に学術論文や発表資料などでは,”実例を挙げる”ことで読者の理解を助けられることが多いです.例えば抽象的な概念を対象とする場合には,それを現実の場面に置き換えたらどう表現できるか,とか,具体的なシステム・手法が対象である場合には,それを具体的にこれこれこういった環境に適用したらこうなる,といった例があることで,読んで/聞いている人々もイメージがしやすくなる訳です.

まだ,借りた書籍の冒頭しか読んでいませんが,「はじめに」のページに書いてあるとおり,この本の対象となる読者はあらゆる分野の人となりますね.もちろん上のように,このポイントは自分の分野ではこう置き換えられる,といったように,一部翻訳や変換が必要になる部分もありますが,むしろそういったことを意識して読めるようになっていること自体,自分の文章術が向上している証拠と言えるかもしれません.

そういうわけで当該の書籍ですが,現在僕の手元にあるものの,東京高専の学生は図書館で借りられます.まずは借りて読んでみて,これは,と思ったら購入して手元に置いておく,という手もあるかと思いました.

2022/03/02

良い(まともな)文章の書き方

最近,週刊のビジネス誌を読むことがよくあります.以前も紹介したことがあったかと思いますが,今回も自分が勉強する,というよりむしろ,学生の皆さんに紹介したテーマが載っているように思ったので,重要なポイントのおさらい・確認を兼ねて,皆さんに以下の特集を紹介します(既にコンビニなどでは新しい号になってしまっているかと思いますが,多少大きめな書籍であったりAmazonなどのWebサイトであれば,バックナンバーも取扱があると思います.


ついこの前まで(実は現在進行形なのは内緒),本科5年生の卒業論文や専攻科生の特別研究論文といった,比較的長文となる科学技術文書の添削を行なってきましたが,率直に言ってこの手の文書をいきなり上手く書くことは学生でなくとも不可能で,大袈裟でなく“日本語的に意味を理解できて,ストーリーを追うことができる文章”を作ることさえ至難の技であることを,学生の皆さんは理解しているでしょうか?

ただもう一つ,重要な事実があって,どんなに作文が下手な学生でも,練習したらある程度レベルの文章は“絶対に書けるようになる“ということも言えます(これってある意味,何にでも言えることかと思います.いわゆる天才と言える人,センスのあると呼ばれる人でないと超えられない壁というのも感じる一方,逆にどんな人でもトレーニングによってここまでは来られる,というレベルがあって,それは一般的に見てもかなり高いところにあるよ,という話).

学生の皆さんはレポートを書いたり,その他課題で文章を書くこともあったでしょうが,率直にいってそのレベルの文章をちょこちょこ書いている程度では“良い文章を書く技術“は向上しませんし,逆に,このレベルの文章を書いた程度で「自分にはセンスがない」と諦めている人は,諦めのタイミングが早すぎます(上述の通り,センスがあろうがなかろうが,トレーニングすればある程度以上のレベルには到達できます).

紹介した雑誌には様々な非常に興味深い文章術が紹介されているんですが,中でも一番面白かったのが

(藤吉豊,小川真理子 著 日経BP)

という書籍の中から,さらに重要なポイントをピックアップした記事です(上の本,面白そうなので買って読んでみる予定).

トップ40がリストアップされていて,当該書籍の著者自身がその中からいくつかポイントを紹介しているんですが,その中で僕自身も「まさにそれ!」と感じたものを以下に引用してみます.
  • とにかく書く,たくさん書く
文章が上手くなるための近道は、書いた文章を誰かに見せて、「添削してもらうこと」にほかならない。(中略)書いた原稿を先輩に見せるたびに真っ赤に添削されて戻されていた。その繰り返しが書く力の向上につながっていったのだ。
  • 文章はシンプルに
文章のプロは、例外なく「一文を短くする」ことの大切さを説いている。ちなみに私たちが文字数の平均を取ったところ、一文の長さは、「60字以内」が好ましいことが分かった。
特に1点目については,僕自身がそうされてきたし今現在もやっていることです.ここで挫けたり,再び「自分にはセンスがない」と簡単に諦めてしまうと,上達のチャンスはありません.加えて,特に最近よく感じることですが,添削を繰り返して改善を繰り返すことで上達するのが文章術であるのに,そもそも“第一版の提出が遅すぎる“が故,改善の時間がない(=駄文のまま or 改善の余地が大量に残ったまま)締切が来てしまうことが非常に多いことの勿体なさ・・・
2点目については実の所,僕自身反省すべきところでもあり,どうしても一文が長くなりがちなので,もう少し簡潔な文章を書きたいと日々考えているため,印象に残りました.いわゆる論文のような文章の場合,必ずしも短い=正義ではないことも多いのですが,論文を書く際の癖のようなものがそのまま一般的な文章にも影響してしまい,あれもこれも長めの文章になっているような感覚があり,対象によって文体を自在に切り替えられる能力を身につけられたらなぁ,と僕自身考えています.

当該号にはその他,
  • プレゼン資料を作る際の文章術
  • メールを書く際の文章術
  • 英文メールの場合の文章術
  • チャットでの文章術
など,まさに今必要な文章術のエッセンスが紹介されているので,これってビジネス誌だけれど,ぜひ学生の皆さんにもせめて,この特集のページだけでも読んでもらえればなぁ,と思って紹介した次第です.

とはいえ,前半の話に戻りますが,文章は誰でもトレーニングさえすればそれなりのレベルに到達できますが,トレーニングしない限りは絶対自然にそこへ辿り着くことはない一方,やり始めればやっただけ(少しずつではありますが)必ず向上していきますので,学会発表の際や論文執筆の際に苦労や後悔をしないよう,作文技術を上達させたいと思う人は,今からでも,継続的に取り組みを始めることを強くお勧めします. 
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