2022/12/31

2022年最後の投稿です ー映画鑑賞 ONE PIECE FILM REDー

 本日,2022年最後の日=大晦日です.今年は個人的にはかなり変化の大きな年でしたが,お陰様でなんとか(特に下半期は)心身ともに”比較的健康・健全に”過ごすことができました.

研究面では,久しぶりに国際会議参加のため海外出張にも行くことができましたし,来年度以降につながる”研究の芽”も見出せたように思っており,有意義だったと思います.

生活面で変わったことと言えば,読書欲の映画欲が復活したことが良い変化でした.

ということで昨日,年内最後の映画鑑賞に行ってきました.本当はTHE FIRST SLAM DUNKを見る予定だったのですが,一緒に行く子供たちの気が変わり(!?)標記の映画を見に行くことに(近日,スラムダンクも鑑賞予定です).

まだ劇場版でやっていますのでネタバレ的なことは控えようと思いますが,一言で表せば,さすが大ヒット,ロングヒットの映画,非常に楽しめました.
前半中盤くらいまでは,どちらかというと”ミュージカル映画”のような側面があったようにも感じていますが,UTA(Ado)の歌 and 楽曲自体が良く,現在サントラを買おうかと思っているところです.

一方でやはり,オリジナルストーリーではそろそろ佳境を迎える大作マンガ/アニメとして,中盤以降はどんどんストーリーで魅せて行く,その盛り上がりはお見事でした.特に個人的に印象に残ったのは,(僕の記憶違いでなければ)赤髪海賊団が,クルーも含めて全員しっかりと先頭に参加した場面って,オリジナルの漫画やTV版でもほとんど描かれていなかったように記憶していて,今回,比較的しっかりとその部分が描かれていたことに”お得感”を感じました.

2022年もあと少し.本当は少し宿題が残っているのですが,この宿題は”相手がいるもの”で,相手がアクションを起こさない限りはこちらはリアクションを取れない類のものなので,焦ってもしょうがない,と達観しています・・・と書きながら念の為確認してみたら,アクションを一つ確認できたので,早速そっちの宿題にも(一部)取り組みたいと思います.

来年の抱負などは,年が変わってからまた改めて.
皆様,良いお年をお過ごし下さい.来年もよろしくお願いします.

2022/12/24

文系と理系 ー区別している時点でアウトー

非常に興味深い本を読みました.


ちなみにこの書籍内でも記載がありますが,文系・理系(工学系)といったカテゴリが存在するのは日本のみで,これは非常に“悪しきカテゴライズ“だと思っています.著者もまさにそれを言っていて,とはいえ,タイトルにあるように,いわゆる文系として高校や大学で学んだ人材は,今後グローバル化やデジタル化(AIをはじめとする技術の発展・一般化)が進むにつれて,“「食っていく=給料をもらって生活していく」ことができなくなる“ということを述べています.

この主張,僕的には納得できる部分が大いにある一方で,納得できないというか,抜けている部分があると感じました.
具体的にいうと,“文系だけでなく理系も,いわゆる理系として身につけられる能力だけでは「いずれ食っていけなくなる」“ということです.

日本でいうところの文系人材は,敢えてシンプルかつネガティブな言い方をすると,“高等教育で理科と算数に関する勉強をしてこなかった”人々を指すのが一般的です.それこそ大学入試で物理や数学といった科目が受験科目に含まれないような大学・学部は文系大学・文系学部ということになります.逆にいわゆる理数系の勉強(ばかり?)を中心的に学んだ人は理系人材ということになります.僕が所属している東京高専は“工業高専“ですから理系ということになるんでしょうね.

著者は,今後文系が生きていく(就職する,転職する,起業する)にあたって重要なスキルとして,

英語力,ファイナンス,コンピュータ(プログラミング)

を挙げていますが,これって文系人材のみに必要なスキルでしょうか?率直に申し上げて理系(それこそ高専の学生)にとっても上記のスキルは非常に重要です(というか,知識やスキルがない/足りない人が多いと思います).
上記のうち二つ目=ファイナンスは,いわゆる経済の仕組みやお金に関する知識を指していますが,日本の教育機関でこれをしっかり授業として教えているところはどれだけあるんでしょうか?少なくとも僕は習った記憶がないです(辛うじて,中学社会で株式会社って何?程度のことを習った程度です).将来起業したいような人は確実に,そうでない人も確実に必要な知識ですが,上記の通り学校で教わる機会はほぼないので,残念ながら自分で身につけるしかありません.
また,三つ目のプログラミングは,高専,特に情報工学科では科目もたくさんありますが,では同学科の学生は全員プログラムが得意かといえばそんなことはありません(心当たりのある人もいるでしょう).プログラムが上手く書けるようになるには“数理的なものの考え方”が重要です.プログラムが得意な学生は数学系の科目やその他の情報系専門科目も得意な学生が多いと思いますが,プログラムを扱ったことがない文系の学生であっても,数理的なものの考え方ができれば,今後食って行ける可能性が高いでしょう(逆に,いわゆる理系の学生で,プログラムがもし書けたとしても,数理的な考え方が身についていない学生は将来,困ることがあると思います).

一方,当該書籍では記載がないものの,文系・理系に関わらず必要だと思われるスキルがもう一つあると僕は考えています.授業などでもよく話しているので気がついている人もいるかもしれませんが,ある種何よりも重要なのが

コミュニケーション能力

でしょう.これは上に挙げた3つのスキルの1つ目,英語とは別物です.英語力は語学力であってコミュニケーション能力ではありません.コミュニケーション能力を簡単に定義すると,
“伝えたい相手に応じて,相手に伝わりやすい手段で伝えられる能力”
といえます.実はこの能力,さまざまなサブスキルから構成されています.まず,思いやりが重要です(思いやりがスキルか,という話はありますが,相手の知識量や状態を観察したり推測したりするのは立派なスキルと僕は思います).加えて表現力も必要ですし,何より大前提として,それを伝えられる自身の知識量が重要です.

書籍にも記述がありましたが,英語がペラペラでも,伝えるべき知識がなかったり教養がない,だったり,文法はメチャクチャ知ってるのに,相手によって使い分けられないとなれば,その英語力は完全なる“宝の持ち腐れ“です.そんなくらいなら多少文法に誤りがあろうが発音がおかしかろうが,相手のことを考えて有用な情報を熱心に伝えようとしてくれる人の方がよっぽど好感を持たれるでしょう.

冒頭に書いた通り,そもそも文系理系というカテゴライズは日本特有のもの,と書きましたが,敢えてそこを意識して本書はタイトルをつけたのだと予想します.
その一方で勿体無い,というか,読んでみて強く感じたのは,この本で伝えたい内容は文系人材のみに向けた物ではなく,
“理系文系どころか性別にも年代にも関わらない,(今後)食っていく必要がある人”
を対象としていると思われるので,自分は文系だと考える/感じる人たちだけではなく,ぜひ理系の人(例:高専の学生)にも読んでもらいたい内容だったということです.
書籍終盤では,企業での勤務後,教育業界に関わることとなった方と著者との対談が記載されていますが,まさにこの部分は理系文系関わらず,“日本の教育”について議論されたものといって間違いありません.

書籍の中では上記の他にも,リスクを取らないことほど大きなリスクはない,とか,変わり続けるものこそが生き残る,といった印象的なフレーズも出てきます.
これらも全て,理系文系関わらず全ての人にとって,特に今後さまざまな分野で活躍してほしい学生の皆さんにとって重要な考え方だと思っています.

大学の教員は教授になってしまったら安泰なので向上する気がない,とか,学生に問題があるのは教える側にも問題がある,とか,毎年同じ講義をしている(授業で自分の教科書を読み上げるばかり)と言った耳の痛い記述もありますが,個人的には極力こうならないように努力しているつもりです.こういった書籍を含め,分野に関わらず様々なインプットを継続的に行なっているのは,良質なアウトプットを続けるためです(単純に読書が好き,という面もありますが).また,授業に関しても,コアな部分は一緒ですが,伝え方や説明の仕方が毎年updateしています(年々,学生さんとは年齢差が離れていきますから,授業の合間に話すネタもupdateしていく必要がありますし・・・).

ここまで散々書いてきて,全く逆のことを書きますが,特に学生の皆さんには是非,特に自分自身に対して理系文系というカテゴライズはしないことをお勧めします.要は,
“理系だから◯ ◯は勉強の必要はない“
という自分の可能性を狭めるような意識は捨ててもらいたいと思っています.
そういう意味ではまさにタイトルの通り,自分を理系(文系)と区別した時点で,自身の可能性を自分で限定してしまうから“アウト“ということです.

2022/12/21

映画鑑賞 ーDr. コトー診療所ー

標題の映画,昨日,レイトショーで見に行ってきました.

”Dr. コトー診療所”は,19年前に放送されたドラマシリーズ・シーズン1,16年前のシーズン2と欠かさず見てきました.原作漫画は読んだことがありませんでしたが,当時は,”北の国から”の純くんのイメージがまだ強かった吉岡秀隆の演技が好きで,彼が新作ドラマでどのように演じるのかを期待して見てみたら,演技は期待以上,ストーリは面白くも社会性があり,舞台となっている志木那島(しきなじま:ロケ地は与那国島)の美しさも相まって,ずっと大好きな作品でしたね.

今回も,まず最初に圧倒されたのは大画面で見る志木那島の美しく壮大な自然.ある意味これは完全な”本物”.これでもかと,16歳,歳をとったコトー先生と共に映し出されるのが,変わらぬ自然と時の流れを感じさせて味わい深いものがありました.

コトー先生は髪がかなり真っ白になって,前回テレビシリーズからの時間を感じさせるとともに,診療所スタッフや島の人々との関係性は変わらず,あの続きを見ているんだな,という感慨がありました(これはある意味,今年前半で見たトップガン・マーヴェリックと同様の感覚でした).

とはいえ舞台は離島の医療ドラマ,TVシリーズと同様,シリアスなシーンも随所に(なんなら冒頭から)盛り込まれていて,引き込まれていきます.久々の劇場版であることもあり,当時の子供たちは大人になり,診療所に新たな看護師や研修医もやってくることでストーリーに厚みが出ていました.新キャストも従来のキャストに溶け込んでいる一方,TVシリーズから続くこのドラマのテーマである”離島医療・僻地医療”の難しさや,人生の困難さ,それでも諦めずに立ち向かうコトーや島の人々の,執念に近い生命力を感じられます.
個人的には,新キャストであるキンプリの髙橋海斗(研修医・織田判斗役),生田絵梨花(看護師・西野那美)の存在が,ストーリーの中でも重要な役割を担っていたように思いました.

ちなみに,ここ最近はパンフレットを毎回購入しているのですが,今回のパンフレットの表紙は志木那島の雄大な自然の中に,愛用の自転車とともにポツンと佇むコトー先生が映っています.今回,上映前にパンフレットを買ったのですが,この表紙だけでも先に見ることができて非常によかったと思います.当該の絵は上映された映画のワンシーンとしても(全く同じではないかもしれませんが,同様の絵が)使用されているのですが,「そうか,このシーンが表紙になったのか」ということを認識することで,表紙に対するイメージがガラッと変わりました(ある意味,映画のメインテーマがこの絵なんだろうな,という意味で合点がいきました).

総じて,満足できた映画だとは思うのですが,結末は賛否が分かれるところのように思います(個人的には).あまり細かく書き過ぎるとこれから見る人に先入観を与えてしまうので控えますが,僕としては,上映時間を後30分伸ばしてでも描き切って欲しかったな,と.

分野が全くといっていいほど違うので単純比較はできませんが,主観的な比較で言うと,前回観た土を喰らう十二ヶ月の方が,満足度は少々高かったかもしれません.
・・・と書くと誤解があるかもしれませんが,続編として非常にクオリティは高く,夜遅く観に行った価値は十二分にあったとも思っています.

2022/12/14

映画鑑賞 ー土を喰らう十二ヶ月ー

 以下は,最近見た,とても印象的だった映画の感想です.


「土を喰らう十二ヶ月」

まず,何よりも最初にタイトルに惹かれました.内容に関するイメージが膨らみます.続いて予告編の動画を見て,いい意味で予想通りの内容であることが期待され,その時点で“必ず映画館で観る”ことを決めました(笑).

僕は,人が料理を作ったり,作った料理を食べたりする物語が大好きです.というと,大体どんなドラマでも食事シーン等は比較的よく出てきますが,そもそも“食“が物語の中心であったり,重要なファクターである作品が好物なんです.実際,漫画は美味しんぼにはじまりクッキングパパ,昔はミスター味っ子(かなり昔に完結した&劇画要素も強い漫画でした ^o^;;)も読んでましたし,TVだと孤独のグルメ,きのう何食べた?(双方とも原作は漫画ですが,TVドラマから入って漫画に誘われたタイプです),絶メシロードにタクシー飯店,晩酌の流儀にベイクオフも好きです.

今回観た映画の舞台は長野,四季折々の山里の景色が非常に美しく,その季節に合った,素朴だけれどもある意味手の込んだ,そして何より美味しそうな食材や料理がたくさん登場してきて,しみじみと「美味そうだなぁ」と思いながらニヤニヤしていました.特に僕の場合,ただ料理がドン!と出てくるのではなく,その作る過程が描かれているものが好みで,この作品も例に漏れず,なんなら食材を畑から収穫するところから描いているのが溜まりません.

主演は沢田研二,その昔はスーパーアイドルグループのボーカルで(と言っても,グループサウンズ時代はさすがに僕も知りませんが),その後ソロになっても人気を博していましたが,最近はむしろロックで,自分のありのままをファンにさらけ出すような生き方が評価されているように思います.
劇場は結構,人が入っていましたが,もしかすると40代は僕他少数派で,大多数はジュリー(沢田研二のアイドル時代の愛称)をリアルタイムで応援していた世代の方々だったのかもしれません.
最近では,コロナに倒れた志村けんが当初主演を務める予定であった「キネマの神様」の主演を代役で務められたことが話題になっていましたが,今回の映画ではいい意味で素朴な,ある面では達観し、ある面では妙に人間臭さを感じさせる魅力的な小説家を演じています.

料理が美味しそう,そしてその食材収穫や調理の様までが美しい,というのは,料理面において全面を担当された土井善晴さんの影響が大きいと思います.テレビの料理番組でも(特に我々の世代はお父さんの土井勝さんと共に)有名な方ですが,本当に美味しそうな(そして恐らく確実においしいであろう)料理を造られる方で,この方の協力あってこそのこの映画だとも思われます.

ある意味,土井さんが協力されている,ということを知って,作品への興味がさらに強まった感があります.

食べる,という行為は当然,生きることにつながります.そして,人が日々何をどのようにどんな環境で食べているかが,大袈裟ではなくその人そのものを形成しているようにも感じています.
僕はここしばらく,体調を整え体力を向上させることも目的として,かなり食事には気を遣っていますが,その一方で“我慢しているという感覚はない“と断言できます.実際,食べたいものを食べているし,ハメを外すときはそれはもう酷いものです(苦笑).ただ,それらをトータルして,無理のない,自分に合った食生活を送ることができているように思います.

そういった,その人の多くの部分を形成する食にはどうしても興味をそそられてしまいますし,この映画でも,ただ淡々と日々“ものを食べているだけ“ではなく,それぞれの人生の岐路において,自分はどう生きていくか,何を食べて(生きて)いくか,と言ったシーンも,大いに考えさせられるところでした.
恐らく,10代20代,もしかすると30代くらいの人までは,この映画の良さを十分に感じることができないかもしれませんが,食に興味のある人なら一度観てみて,その5年後,10年後,15年後に改めて観てみると、また違った感じ方ができる,という楽しみ方もあるように思いました.

年末です ー実感あるようなないようなー

タイトルの通り,今年も最後の月,その上そろそろ残り1/2ヶ月ですが,イマイチ実感がありません.コロナの流行はいまだ予断を許さない一方,ワクチン接種も進み移動制限も国内外問わず緩和されてきたおかげで海外出張にも行けましたし,年末ならではのイベントもいくつか入っているので,全く実感が無いわけでは無いのですが.

恐らく一番の原因は,例年この時期だと大量にやってくる”添削依頼”がほとんど届かず”凪状態”だからでしょうね.率直に申し上げて,非常に心配です.このまま凪のままの場合,年度末が地獄と化します(冗談抜きで).現在,実験進行中の学生さんも多いので,事情が全くわからないわけでは無いのですが,それはそれとして進められるものをパラレルで進めていかないと,時間的には間に合わないことがこれまでの経験上”予言”できてしまいます.

そもそも,論文執筆経験がないことは百も承知ですし,自分たちにもその自覚はあるでしょうから,初版で100%近い完成度は,はなから求めていません.考えながら作業を進めていく必要はありますが,むしろ,”進めながら考えて,進めたものに対してコメントをもらいながら修正しながらまた考える”というプロセスで進めていかないと,時間だけが過ぎていくよね,という・・・

この話も最近初めて伝えたわけではなく,なんなら4月,さらにいうならそれ以前の研究室配属の前から話していたように思うのですが,いかんせんやっぱり経験して(失敗して)みないとわからないのかも知れません(ただ,失敗しても良いのであれば良いですが,大部分の人は失敗すると,少なくとも当人にとってはヤバい状況になるはずなんですが).

そうは言っても,こちらも年末年始の予定はすでにプランニングしてしまっていますので,慌てて駆け込んでも”休業中”のタイミングで門が開くことはありませんので,悪しからずご了承ください,としか言いようがありません.とにもかくにも,頑張ってくださいとしか言えません(よっぽど僕が代わりに全部やってしまいたい,と思うものの,その場合卒業するのは僕になってしまいますので).

2022/12/04

総括 ー3年ぶりの台湾出張ー

 タイトルの通り,今回は2019年12月以来,3年ぶりの台湾出張でした(というか,これを書いている時点ではまだ”機上の人”であるため,現在進行形ですが).

久しぶりの出張,ということで,以下の3つのポイントに絞って,今回の台湾訪問を振り返ってみたいと思います.

(1) 出張目的(学会発表(指導),学会発表,日本からきた研究者&現地研究者との交流)について
(2) 台湾の現在について
(3) 今回の出張全体について

(1) 出張目的(学会発表(指導),学会発表,日本からきた研究者&現地研究者との交流)について

 前回出張時が”TAAI2019”,今回は”TAAI2022”と,参加する学会は同じです.日本の人工知能学会(JSAI)と台湾の人工知能学会(TAAI: 学会名と同じ略称です)が主催する国際会議で,我々が参加したのはJSAIがOrganiseするSpecial Sessionでした.
 参加した学生さんは私の卒研室のOBで,現在豊橋技科大に所属する学生さんで,豊橋で従事している卒論と,学会発表テーマをデュアルに研究しているという中々の強者です(その分,無理が祟って色々と”持ってる”面も見せてくれるのですが).上のような状況でもあり,ある程度研究成果も挙がって論文は書ける状況にあったものの,執筆には結構時間を要することとなり,実の所deadline(登校締切)には間に合っていませんでした.が,私が2018年,在外研究時代にお世話になった先生のご厚意でなんとか投稿させていただくことができ,無事acceptされて現在に至っています.
 そういう意味で言うと,やはり僕にとって,2004年から続く約20年の台湾訪問の経験は生きているように思います.特に2018年の在外研究での1年間では,受け入れてくださった中央大學(日本の中央大学とは違います)の先生をはじめ様々な先生にお世話になりました(今回も一瞬だけお会いすることができたのですが,この件については(2)で記述します).台湾での友人が増え,困った時にはフォローしてもらえる関係性というのは非常にありがたく,こちらも必ず,なんらかの形で恩返ししたいという気持ちを常に持っています(今回、僕が海外出張できたように,学生の皆さんが台湾訪問できる形になれば,恩返しという意味でも,学生交流という意味でも貢献できると考えています).

 話は戻り,学生さんの学会発表ですが,かなりタイトスケジュールで準備を進めていたこともあり,実の所ギリギリまで資料は完成していませんでした.が,率直に言って”彼ならなんとかなる(する)だろう”と思っていたことも事実です.少なくとも1年間は卒研生と指導教員として一緒でしたし,その後結局,2年にわたって本科での研究を継続することとなったので,彼のパーソナリティや能力は(良い面も悪い面も)把握できているという感覚がありました.
 台湾到着後も色々と紆余曲折ありましたが(詳細を知りたい人は北越に聞いてください),発表当日の時点では,なんとかなる(個人的には「それ以上」にはなる)レベルになっていたように思います.実際の発表時には,想定外のアクシデントもあったものの,ご覧いただいた他の先生方曰く,むしろそれさえも良い演出に思えた,というほどスマートに発表を実施できていたので,むしろ学生さん自身にとっても今回の経験を自信にしてもらえればと思います.その一方で,やはり自分の発表というのはどうしても穴が目立つもので,むしろそう言ったところに注目して,評価はありがたく頂戴しつつも課題にも取り組んでいく,というスタンスが更なる成長には重要だと思います.

(2) 台湾の現在について
 
 今回の出張も,実はかなりギリギリのタイミングでゴーサインが出たものでした.台湾は10月中旬まで,入国者に対して1週間の自主隔離を経ての(実質)入国を課していたので,1週間程度の短期出張では,”出張期間より隔離期間が長い”状態となり,そもそも現実できな状況ではありませんでしたが,10月中旬に帰省が緩和され,
 ・出発国での3回以上のワクチン接種
 ・台湾での1日おきの抗原検査(陰性なら報告義務なし。陽性の場合は然るべき処置を受ける)
というのが原則となりました.
 現在開催されているカタールW杯ではマスクのない姿での応援シーンが話題となっていますが,台湾では日本と同様,普段はマスクを装着することが義務となっています.とはいえ,人が集まる箇所ではかなり過密になることもあり(台湾名物の”夜市”は,ある意味例年以上の人だかりでした),そんな中でも人々はマスクをつけ,経済を動かしつつも感染対策をとるといったバランスを重視した政策が機能している印象を受けました).
 (1)でも記載した,在外研究でお世話になった先生との再会ですが,結果としては短時間のものとなりました.後から伺った話では,政府の政策として,海外からの訪問者との接触に対するルールのため,長時間の対応が難しかったとのこと.世界から色々な人が集まる今回のようなイベントでは,現地での対応役は必ず必要になってくると思いますが,そうでない人にとっては接触を密にせず,そういった方向でも対策をとっていると理解しました(当該の先生には,「挨拶できただけでも嬉しかったですし,今後も近いうちに&頻繁に台湾には伺うので,状況が許すようになったら是非またお話ししましょう」と連絡しました).
 少なくとも,外国人の僕から見た台湾は,いい意味で非常に落ち着いた対処をしている,という印象を受けました.

(3) 今回の出張全体について

 まず,何より先に言いたいことは,僕自身,台湾という国やその文化,そこに住む人々が大好きであるということ,そこへ久しぶりに訪問できたことが嬉しく,この期間中の全てが楽しかったということです.加えて,思い起こすと前回訪問から18年ぶりとなる台南市に来ることができて,前回訪問時を思い出させる場所や,前回訪問時には経験できなかった色々な場所への訪問やイベントへの参加ができたこと,ここ数年では最も印象的な5日間となりました.
 特に感じたのは”食文化の違い”です.僕はこれまで,台北,桃園(台湾北部),台中(台湾中部),南投(台湾中央部),高雄(台湾南部),花蓮(台湾東部)と言った箇所に複数回訪問しています.台南は高雄同様,台湾南部というイメージでいましたが,こと食文化に関しては,高雄とも台中とも,その他エリアとも異なっていたことが非常に興味深かったです.僕は台湾に訪問した際には,必ず現地の夜市(Night Market)を訪れます.夜市では現地の様々な美味しいものが食べられるんですが,そこに見事に地方の違いが現れます.これまで,特にギャップが大きいと考えたのは,ある意味当然,台北,桃園などの北部と,高雄が含まれる南部との違いでした.台南はその名の通り台湾南部の地域ではあるものの,見事に他の全ての地域と違う個性があり,かつ,(どの都市の夜市も同様ですが)その上で全部美味しいという特徴が魅力的でした.
 今回,台湾の先生から伺った話とも符合しますが,台南は”台湾が台湾と呼ばれる起源”となった都市であり,台湾で一番最初に栄えた街ということで,日本でいうところの京都のような位置付けであるようです.京都が,同じ関西圏である大阪や兵庫とも異なるアイデンティティを持っているのと同様,台南には台中や高雄とは異なる特徴があることが,今回非常に強く印象に残りました.具体的に言うと,夜市で提供されている食べ物の殆どが他の地域では見たことがないものであったり,似てはいるもののディテールが異なったり,さらに(これが一番大事ですが)それら全てが例外なく美味である,と言う点は,人でごった返す夜市を巡りながら,何度口に出して同行していた学生さんに伝えたかわからないほどです.

 今回,学会発表した学生さんは,実の所すでに複数回の発表を実施しているのですが,コロナ禍の影響もあり,実際に現地に訪問し,対面で発表したのは今回が初めてです.そう言った意味もあり,卒研やその他活動との両立もしなければならず,かなり大変であったとは思いますが,そんな中でも最初の”対面発表の場”が台南であったことは,非常に貴重で印象深い記憶・経験となるものと思います.率直に言って,台北や高雄であれば,(特に僕のような台湾大好き人間の場合)行こうと思えばすぐに行けるし,実際に行きたいので行く,と言った感覚の街ですが,台南や台中のような都市は,ある種今回のように,学会開催地であるために訪問の必要がある,といったモチベーションがないと腰が重いかもしれません.逆に,今回のような印象深い経験ができると,逆にそれがモチベーションとなって,再び台南に訪れたい,せっかくだから台湾の他の地域も見てみたい,と言うように繋がっていくように思います.

 これまで,オンラインではあるものの複数の国際会議発表を経験してきた当該の学生さんについては心配していませんが(笑),単に英語が苦手だからとか,準備が面倒だから,とか,何かあったら怖いから,と言った理由で海外での発表や,日本語が通じない国への旅行を躊躇・敬遠している学生さんには,是非一歩踏み出してもらいたいと思っています.
 もちろん,しっかりとした準備や原地の予習なしで乗り込むことはリスクがありますが,それは国内でも一緒です.新たな経験を積むことで新たに見えてくる景色や楽しさが必ずあります.むしろ,失敗でさえが数年後,10数年後,数10年後には”ネタ”になる時代が来ますので,まだまだコロナ禍であるとはいえ,状況が許せば是非チャレンジして欲しいと強くお勧めします.

2022/11/29

久しぶりの国内/国外出張

東京高専では本日から後期中間試験が始まりました.そんな中,日本国内ではコロナの第八波の影響も出てきていますが,ワクチン接種が3回を超える人も増えてきていて,今のところ行動制限は行われない方向のようです.

僕や学生さんの研究活動の面で言うと,北越が在外研究から戻ってきた約1年後の2019年度末からコロナが流行し始め,当初は軒並みあらゆる学会,国際会議が中止となる中,一部の学会はオンラインでの開催を試み,ここ3年ほどはウチの研究室でも,僕自身,および学生の皆さんがオンラインでの成果発表を行なってきました.

冒頭に記載した通り,第八波の影響もある中,(様々な分野でも同様ですが)アカデミック分野においては,徐々に対面での開催や対面・オンラインを選択可能なハイブリッド開催でのイベントが増えてきました.
タイトルにもあるとおり,実は今年度,国内に関しては既に2回,研究活動推進のための打ち合わせ出張を実施しました.一つは北海道(8月),もう一つはつい数日前に訪問した名古屋(11月)です.

オンラインでの授業や発表など,技術の進歩によって,直接会わずとも便利に,気軽に打ち合わせができるようになったとはいえ,やはり対面での打ち合わせに勝る打ち合わせ方法は,少なくとも今のところないというのが印象です.理由を考えるといくつか挙げられますが,オンラインではどうしてもリアリティがない(実際に目の前に打ち合わせ対象者がいる状況で,失礼といえば失礼ではあるものの,特に,長年やり取りをしてきた相手方であればあるほど,オンラインだと現実感が薄れてしまうのは,理由はともかくとして実際のところかと思います),また,オンラインでは”非言語情報”(表情やジェスチャ,体全体から感じる空気感,声のボリュームや抑揚の変化など)が伝わりづらい面もあるように思います.

とにもかくにも実際,これまでに実施してきたオンラインでの打ち合わせと,ここ2回で実施した対面での打ち合わせを比較すると,やはり圧倒的に対面で実施した方が”伝わる”感が強いのは実感してきました.

そんな中,明日からは約3年ぶりの海外出張です.行き先は台湾,在外で2018年度の1年間お世話になった地に久しぶりに再訪できます.具体的には,台湾南部,台南市に所在する成功大學にて開催される国際会議

TAAI2022(The 27th International Conference on Technologies and Applications of Artificial Intelligence)

で,高専OBの(&北越の共同研究者である)学生さんが発表するので,現地参加してくる形になります.
実際に発表するのは学生さんになりますが,僕のミッションとしては,発表内容に対するコメントを出して発表支援するのはもちろん,在外時代にお世話になった先生へのご挨拶&今後の研究に関してのディスカッション,海外インターンシップや専攻科新カリ授業に関しての情報交換と(コロナ禍緩和に伴う)新しい取組への布石を打っていきたいとも思っているところで,せっかくの機会ですので,台湾のAI研究関係者(に加え,実はなかなか国内で会うことができない,国内の関係者)との連携を強化していきたいと考えています.

コロナ禍は,実際の発表者にとってもやはり影響が大きく,今回発表する学生さんは国内外関わらず,かなりの発表の場数を踏んでいるものの,実はこれまでの発表は全てオンラインで,今回の台湾での発表が”対面での口頭発表初体験”になるとのこと.
いわゆる一般的な口頭発表では,(発表する学生 and/or 機関のレベルにもよりますが)発表内容はしっかりと覚えて話すのが通常ですが,オンラインの場合,(実際にどうかは,気づく場合とそうでない場合もありますが)発表内容を覚えていなくても,”カンニングペーパー”を用意しての発表もできなくはないかと思います(見る人が見れば結構バレますが).

上述の通り,対面での発表でもあからさまにカンニングペーパー(というか,台本)を手元に発表する学生もいて,これは流石に見ているこっちも恥ずかしいと思うものの,あるレベル以上の発表であれば内容は暗記(というか,自分の研究を自分で発表するんだから,暗記も何もわかっていて当然で,あとはどうやってわかりやすく聴衆に伝えるかの工夫がむしろ重要でしょう)しておくのが当然,と言うことで,今回発表する学生さんも,現在進行形で鋭意発表準備中です(間に合うか?).

なんといっても,本当に久しぶりの海外渡航ということもあり,行き先の台湾もつい1ヶ月ほど前に海外からの入国者に対する規制を緩和したばかり.我々訪問者側も,受入先のルールを理解してしっかりと守りつつ,成果を挙げつつ,久しぶりの異文化交流も楽しんできたいと思っています.

なお,中間試験も初日(今日)と最終日に,自分自身が担当する科目についてはしっかりと実施し,しっかりと採点して,しっかりと成績はつけていきますので,安心して(!?)ください.

2022/10/19

プロコンと研究と沈金

既にご存知の方も少なからずと思いますが,10月15日,16日の二日間に渡り群馬県高崎市で開催された高専プロコン(プログラミングコンテスト)自由部門にて,東京高専から参加した2チームが”ダブル受賞”しました.1チームは最優秀賞,僕が指導していた(と言っても,プログラムスキルは圧倒的に学生さんの方がありますが)もう1チームは特別賞と企業賞を受賞しました.

詳細や画像などは僕のtwitter(@dkitakosi)で掲載済みなのでそちらを見てもらうとして,今日書きたいのは,プロコンの活動にせよ研究活動にせよ,実はそれ以外の様々な活動においても通じる共通点ってなんだろうな,とふと考えたことについてです.

学校の勉強ができるからと言って,必ずしも卒業研究がうまく進められる&まとめられるとは限りません.それはプロコンも(個人的な感覚からすると)同じで,プログラムが得意だからと言って,必ずしもプロコンで受賞できるとは限りません.プロコンについては,ある種スキルは必要条件かもしれませんが,十分条件ではない・・・と書くと,卒研も同じかもしれず,勉強が出来た方が出来ないよりもうまくいきやすいかもしれないものの,とは言え,全科目オール優でも卒研の進捗はボロボロ,という例は(まさに実例として)枚挙に暇がないです(^o^;;

じゃぁ,十分条件はなんだろうと考えたんですが,一つはやっぱり”楽しめること”だと思います.ただ,ここでいう楽しむというのは,いわゆる遊びを楽しむ,ゲームを楽しむという感覚ではなく,上手くいかないことも含めて心を広く持って,全てを受け入れると言ったイメージでしょうか?前回書いた

とも関わってきますが,研究をやっていると,むしろ成功よりも失敗の方が多いし,思い通りにいかないことが多い,というか”思い通りにいかないことしかない”というが実際のところ.ただ,それでも地道に朗らかにやり続けていると,たまに少し成果が挙がったり,誰かがその頑張りを見ていてくれたりすることで,とても幸せな気持ちになったり報われた気持ちになったりします.
中には,本当に楽しくて楽しくて仕方がない,という感覚で研究やプログラムに取り組む人もいるのでしょうが,そういう人たちはある意味幸せで,普通の人なら苦痛だと思うことも,好きであることが大幅に苦痛を上回り,苦痛と感じていないのだろうと思います(そういう人たちが,いわゆる才能のある人たちなのかもしれません).

ただ,どちらのタイプの人であったとしても,最終的に到達すべきところに到達した時の充実感や幸福感には差がないのではないかと感じてもいます.

十分条件としてもう一つあるとすれば,ある種の覚悟,というか,割り切りなのではないかと,今は考えています.

ただ楽しいだけではない研究を地道に続けていく,研究でなくとも,何かを達成しようとして継続的に努力を,活動を続けていくのは,やはり簡単ではありません.結果として必ず報われるとわかっているわけでもなく,今回のプロコンでも,多くのチームは頑張って準備をしてきたものの,受賞チームはその一部です.そういう意味で,自分自身に後悔がないよう頑張り切るための覚悟,というか,ここまでやってダメなら仕方ない,という割り切りがあった上で,初めて色々なことを楽しめるんじゃないかな,と思いました.

八王子市出身・在住で,沈金という伝統工芸に携わっている,私の友人でもある春日友子さんの個展にお邪魔してきました.素晴らしい作品を拝見しながら春日さんから,作品を作る際の取り組み方など色々とお話を伺ってきたのですが,個人的には非常に研究活動と似ている部分があるな,と思いました.
例えば,必ずしも自分の求める理想的な環境下で活動ができなくても,そういった環境の下でどうやってベストを尽くしていくか,そう言った環境下でベストを出せる心理状態に持っていくか,と言った方法論であったり,ある面では時間を贅沢に使って,今後どちらの方向へ進めていくことがベストか熟考に熟考を重ねたり,一方で,進められないときは進められないときとして割り切って(開き直って?),とは言え進められる状況になったときには爆発的に進めてみたり.対象物は一方で漆やアクリル,他方PCやら論文やらと似ても似つかないかもしれませんが,結果として双方とも,出来上がったり,作品(論文)を見た方から評価を頂いたりした時の喜びは一緒なのかもな,とも思いました.

これは恐らく,先日のプロコンに臨んだ学生にも同様のことが言えて,上手くいかない(いかなかった)ことも含めてどれだけその全部を楽しめるか,覚悟して割り切れるかというところが重要なんじゃないかと.
ただ,これが恐らく難しく,ある対象に対して楽しみを見出して覚悟を決められるからと言って,その人が他の対象にも同様に楽しみや覚悟を得られるかというと,きっとそれは全く違う(要は,好きなものは好き,嫌なものは嫌・・・)のでしょう.だからこそ,自分にとって(楽しくない部分も含めて)楽しめる,頑張りを続けられる対象を見つけられるかどうかが重要になってくる.その一方で,それを見つける過程ではやはりある程度,自分にとって楽しくないことも頑張ってやってみないことには,それを本質的な意味で楽しめるかどうかがわからない.

子供のうちに,特に意識せずそう言った対象を見つけられた人は本当にラッキーだと思いますし,僕も比較的早い段階で,”函館の高専で情報工学科ができるらしいよ.新しいし面白そう”という猛烈に軽い理由で(苦笑)進学し,どうせ入ったんだから研究をやってみたい,と思ったところがきっかけで研究の苦しさを含めた楽しさを知ることができました.
研究って面白いんだよ,ということを多くの人に伝えたいと思っていましたが,ここ最近,色々と考えてきて,ちょっと違うのかもしれないと考え出しています.要はそういった,

  • 自分にとって楽しめる,覚悟を決めて頑張れる対象を見つけると人生は面白い
  • でも,いきなりその対象を(偶然)見つけられる人は一握りで,若い(失敗しても大した問題にならない)うちにたくさん失敗しながら,早めにそれを見つけた方が良いよ
ということを伝えることが大事そうだな,と(もちろん,研究に興味のある学生がいたら,こっち方面に引っ張りたいとも思っています).
そしてやっぱり,そう言った経験をできた人であれば,人の頑張りも認められるし,その結果がどうなろうとも,次へのステップに向けた応援が(自分に対しても他人に対しても)できるのではないかなぁと考えているところです.

ここしばらく,あまり研究で突き詰めることはなかったのですが,幸か不幸か(!?)学生の皆さんの研究活動も佳境に入ってきている人が多かったり,OB学生の論文執筆でも色々と刺激をもらうことができたりして,仕事方面でも良い方向に自分を展開させることができそうで少し嬉しくなってきている今の状況が,この文章を書かせたのかもしれません.

p.s. ちなみに,春日さんの個展は今月末まで八王子駅前の東京メガネ八王子店さんで開催されています.

2022/10/07

研究は楽しい ーただし、ただ楽しいだけではないー

 昨日,恐らく3年以上ぶり,要はコロナが流行する前ぶりに,卒研に従事しているウチの研究室の全学生さん(5名)と,対面&個別&(昼食は挟んだものの)ほぼぶっ通しで打ち合わせを実施しました.

ここ数年,対面でのミーティングはやったとしても年に年に1,2回,時間制限も設けた中でやらざるを得ませんでしたが,昨日のミーティングは全員とびっしりと実施した感覚がありました.

率直に言ってどの研究も,順調に進んでいるとは言い難い状況ではありますが,それぞれに何とか,年度末に向けた方向性は見えてきたように思います.にしても,ぶっ通しの打ち合わせが久しぶりだったせいか,自分が歳をとったせいか,もしくはその両方の影響か,終了後はかなりバテました。打ち合わせ自体、当たり前ですが真剣に臨んでいたからでもあるでしょうが,もしかすると”打ち合わせに必要な体力”みたいなものがあって,しばらくぶっ通しでやっていなかったので,その体力が落ちてしまっていたのかもしれません.

とはいえ,研究の話をすることは楽しいです.うまくいっているから楽しいとか,会話が楽しい,というのとは違って,内容がかなりネガティブなものであったとしても,進捗が滞っていたとしても,解決すべき課題の解決策が見つからずにウンウン唸っていたとしても,そういった苦労をすること(そして,それを経て苦労を乗り越えること)や,自分が予想していなかった課題や成果に遭遇することに楽しさを見出しているように,個人的には思います.

いわゆる,ゲームや遊びの楽しさとは違う楽しさでしょうね.こういった,苦労や大変さの中に”研究の楽しさ”を見出すことができないと,研究職に就くことはできないでしょうね.
ただ,こう言った能力というか考え方は,研究(開発)職に特有のもの(他の職業には不要のもの)かといえばそんなことはなく,どこに問題があるのかを見つけ(課題発見能力),どうやってその問題を解決していくのかを考え(課題解決能力),得られた成果を,伝えるべき人にどうやったらわかりやすく伝えられるか悩む(コミュニケーション能力)ことで,現代であればどのような職業に就いたとしても必要な能力を向上させられます.

そう言った意味で,自分は将来研究職に就くわけでもないのになんで卒研なんてやらなければいけないのか,という疑問に対する回答にもなるかと思っています.だからこそ,一般的な工学系教育機関では,卒業研究が必修科目になっているんでしょう(というか、卒研が必修でない大学があることが信じられません・・・そう言った能力がなくとも,それなりの仕事に就けるということなのか,そう言った能力が必要ない職業が主要な就職先候補なのか).

はっきり言って,研究活動の大部分は単純な楽しさとは無縁の,”地味で地道な”活動であることが多いでしょうが,そう言った活動の成果として(そう言った活動を経るからこそ),興味深い結果や新たな知見,発表を見聞きした人からの高評価などが得られた時,楽しさというか,充実感・達成感を感じられるのかもしれません.

活動が真面目なものであるからこそ,感情的にはリラックスして,柔軟な考え方で遊び心を持って臨んだ方が,むしろ課題の解決や新たなアイディアの気づきに近づくのでは、とも思っています(個人的には,「仕事は力を抜いて,遊びは大真面目に」というのが,特に博士後期課程に進学して以降の僕の生き方の方針です).
そう言った苦労・努力と,苦労・努力の先にある楽しさの両方を,卒研に従事する学生全員に味わって欲しいと思います.

2022/09/30

週明けからは後期が始まります

1ヶ月ほどのご無沙汰でした.

この1ヶ月,おかげさまで本はかなり読めているんですが,中々アウトプットの機会がありません(どちらかというと,心理学や哲学関連の本ばっかり読んでいたような印象があります.アドラー心理学とか,思考力に関する書籍とか).

加えて,前期と比較して後期は担当授業が多いので,その準備でかなりバタバタしていました.そうこうしているうちに,あっという間にあと3日後には後期が始まります.
学生の皆さんは後期の準備は大丈夫でしょうか?秋休み前,私が担任しているクラスには,

”休養も重要だけれど,この休みは後期に向けた「準備をする」という意味合いもある”

という話をしましたが,準備は万端かどうか.卒業研究や特別研究に従事している5年生や専攻科2年生,また今年度は新カリキュラム1年目ということで,専攻科1年生も結構色々と大変かもしれません.
率直に言って,卒業研究・特別研究に従事している学生については,緊張感や危機感が感じられません.それより何より”主体性”が感じられないのが非常に恐ろしいです.主体性がない学生には,曲がりなりにも研究活動と呼べるような活動はできないと思っています.

初めて研究活動に従事する学生にいきなり主体性を持てと言われても,という意見もあるかもしれませんが,少なくとも年度はじめ(僕の研究室を希望してくれた学生にはその前)から繰り返し伝えており,頻繁に伝えてきました(「主体性を持て」と言われてもピンとこないでしょうから,これこれこういったことを”自ら動いて”実施するんだよ,と伝えてきたつもりです).
これまで主体性を発揮する機会がなかったとすると,それはそれでウチのカリキュラムに致命的な問題があると言わざるを得ませんが(恐らく,機会は少なからずあったはず),少なくともこの半年で成長の機会はあったはずです.後期になっても変わらないとすると,それこそ危機感が,具体的な”危機”に変わってきます.

実際に論文がまとめられない(それどころか,そもそも書く内容がない)となってしまってからでは遅いのですが,そうならないことを期待したいと思います.

@dkitakosi からのツイート