2023/01/03
映画鑑賞(今年一発目) ーTHE FIRST SLAM DUNKー
2022/12/31
2022年最後の投稿です ー映画鑑賞 ONE PIECE FILM REDー
本日,2022年最後の日=大晦日です.今年は個人的にはかなり変化の大きな年でしたが,お陰様でなんとか(特に下半期は)心身ともに”比較的健康・健全に”過ごすことができました.
研究面では,久しぶりに国際会議参加のため海外出張にも行くことができましたし,来年度以降につながる”研究の芽”も見出せたように思っており,有意義だったと思います.
生活面で変わったことと言えば,読書欲の映画欲が復活したことが良い変化でした.
ということで昨日,年内最後の映画鑑賞に行ってきました.本当はTHE FIRST SLAM DUNKを見る予定だったのですが,一緒に行く子供たちの気が変わり(!?)標記の映画を見に行くことに(近日,スラムダンクも鑑賞予定です).
まだ劇場版でやっていますのでネタバレ的なことは控えようと思いますが,一言で表せば,さすが大ヒット,ロングヒットの映画,非常に楽しめました.
前半中盤くらいまでは,どちらかというと”ミュージカル映画”のような側面があったようにも感じていますが,UTA(Ado)の歌 and 楽曲自体が良く,現在サントラを買おうかと思っているところです.
一方でやはり,オリジナルストーリーではそろそろ佳境を迎える大作マンガ/アニメとして,中盤以降はどんどんストーリーで魅せて行く,その盛り上がりはお見事でした.特に個人的に印象に残ったのは,(僕の記憶違いでなければ)赤髪海賊団が,クルーも含めて全員しっかりと先頭に参加した場面って,オリジナルの漫画やTV版でもほとんど描かれていなかったように記憶していて,今回,比較的しっかりとその部分が描かれていたことに”お得感”を感じました.
2022年もあと少し.本当は少し宿題が残っているのですが,この宿題は”相手がいるもの”で,相手がアクションを起こさない限りはこちらはリアクションを取れない類のものなので,焦ってもしょうがない,と達観しています・・・と書きながら念の為確認してみたら,アクションを一つ確認できたので,早速そっちの宿題にも(一部)取り組みたいと思います.
来年の抱負などは,年が変わってからまた改めて.
皆様,良いお年をお過ごし下さい.来年もよろしくお願いします.
2022/12/24
文系と理系 ー区別している時点でアウトー
2022/12/21
映画鑑賞 ーDr. コトー診療所ー
標題の映画,昨日,レイトショーで見に行ってきました.
”Dr. コトー診療所”は,19年前に放送されたドラマシリーズ・シーズン1,16年前のシーズン2と欠かさず見てきました.原作漫画は読んだことがありませんでしたが,当時は,”北の国から”の純くんのイメージがまだ強かった吉岡秀隆の演技が好きで,彼が新作ドラマでどのように演じるのかを期待して見てみたら,演技は期待以上,ストーリは面白くも社会性があり,舞台となっている志木那島(しきなじま:ロケ地は与那国島)の美しさも相まって,ずっと大好きな作品でしたね.
今回も,まず最初に圧倒されたのは大画面で見る志木那島の美しく壮大な自然.ある意味これは完全な”本物”.これでもかと,16歳,歳をとったコトー先生と共に映し出されるのが,変わらぬ自然と時の流れを感じさせて味わい深いものがありました.
コトー先生は髪がかなり真っ白になって,前回テレビシリーズからの時間を感じさせるとともに,診療所スタッフや島の人々との関係性は変わらず,あの続きを見ているんだな,という感慨がありました(これはある意味,今年前半で見たトップガン・マーヴェリックと同様の感覚でした).
とはいえ舞台は離島の医療ドラマ,TVシリーズと同様,シリアスなシーンも随所に(なんなら冒頭から)盛り込まれていて,引き込まれていきます.久々の劇場版であることもあり,当時の子供たちは大人になり,診療所に新たな看護師や研修医もやってくることでストーリーに厚みが出ていました.新キャストも従来のキャストに溶け込んでいる一方,TVシリーズから続くこのドラマのテーマである”離島医療・僻地医療”の難しさや,人生の困難さ,それでも諦めずに立ち向かうコトーや島の人々の,執念に近い生命力を感じられます.
個人的には,新キャストであるキンプリの髙橋海斗(研修医・織田判斗役),生田絵梨花(看護師・西野那美)の存在が,ストーリーの中でも重要な役割を担っていたように思いました.
ちなみに,ここ最近はパンフレットを毎回購入しているのですが,今回のパンフレットの表紙は志木那島の雄大な自然の中に,愛用の自転車とともにポツンと佇むコトー先生が映っています.今回,上映前にパンフレットを買ったのですが,この表紙だけでも先に見ることができて非常によかったと思います.当該の絵は上映された映画のワンシーンとしても(全く同じではないかもしれませんが,同様の絵が)使用されているのですが,「そうか,このシーンが表紙になったのか」ということを認識することで,表紙に対するイメージがガラッと変わりました(ある意味,映画のメインテーマがこの絵なんだろうな,という意味で合点がいきました).
総じて,満足できた映画だとは思うのですが,結末は賛否が分かれるところのように思います(個人的には).あまり細かく書き過ぎるとこれから見る人に先入観を与えてしまうので控えますが,僕としては,上映時間を後30分伸ばしてでも描き切って欲しかったな,と.
分野が全くといっていいほど違うので単純比較はできませんが,主観的な比較で言うと,前回観た土を喰らう十二ヶ月の方が,満足度は少々高かったかもしれません.
・・・と書くと誤解があるかもしれませんが,続編として非常にクオリティは高く,夜遅く観に行った価値は十二分にあったとも思っています.
2022/12/14
映画鑑賞 ー土を喰らう十二ヶ月ー
以下は,最近見た,とても印象的だった映画の感想です.
年末です ー実感あるようなないようなー
タイトルの通り,今年も最後の月,その上そろそろ残り1/2ヶ月ですが,イマイチ実感がありません.コロナの流行はいまだ予断を許さない一方,ワクチン接種も進み移動制限も国内外問わず緩和されてきたおかげで海外出張にも行けましたし,年末ならではのイベントもいくつか入っているので,全く実感が無いわけでは無いのですが.
恐らく一番の原因は,例年この時期だと大量にやってくる”添削依頼”がほとんど届かず”凪状態”だからでしょうね.率直に申し上げて,非常に心配です.このまま凪のままの場合,年度末が地獄と化します(冗談抜きで).現在,実験進行中の学生さんも多いので,事情が全くわからないわけでは無いのですが,それはそれとして進められるものをパラレルで進めていかないと,時間的には間に合わないことがこれまでの経験上”予言”できてしまいます.
そもそも,論文執筆経験がないことは百も承知ですし,自分たちにもその自覚はあるでしょうから,初版で100%近い完成度は,はなから求めていません.考えながら作業を進めていく必要はありますが,むしろ,”進めながら考えて,進めたものに対してコメントをもらいながら修正しながらまた考える”というプロセスで進めていかないと,時間だけが過ぎていくよね,という・・・
この話も最近初めて伝えたわけではなく,なんなら4月,さらにいうならそれ以前の研究室配属の前から話していたように思うのですが,いかんせんやっぱり経験して(失敗して)みないとわからないのかも知れません(ただ,失敗しても良いのであれば良いですが,大部分の人は失敗すると,少なくとも当人にとってはヤバい状況になるはずなんですが).
そうは言っても,こちらも年末年始の予定はすでにプランニングしてしまっていますので,慌てて駆け込んでも”休業中”のタイミングで門が開くことはありませんので,悪しからずご了承ください,としか言いようがありません.とにもかくにも,頑張ってくださいとしか言えません(よっぽど僕が代わりに全部やってしまいたい,と思うものの,その場合卒業するのは僕になってしまいますので).
2022/12/04
総括 ー3年ぶりの台湾出張ー
タイトルの通り,今回は2019年12月以来,3年ぶりの台湾出張でした(というか,これを書いている時点ではまだ”機上の人”であるため,現在進行形ですが).
2022/11/29
久しぶりの国内/国外出張
東京高専では本日から後期中間試験が始まりました.そんな中,日本国内ではコロナの第八波の影響も出てきていますが,ワクチン接種が3回を超える人も増えてきていて,今のところ行動制限は行われない方向のようです.
僕や学生さんの研究活動の面で言うと,北越が在外研究から戻ってきた約1年後の2019年度末からコロナが流行し始め,当初は軒並みあらゆる学会,国際会議が中止となる中,一部の学会はオンラインでの開催を試み,ここ3年ほどはウチの研究室でも,僕自身,および学生の皆さんがオンラインでの成果発表を行なってきました.
冒頭に記載した通り,第八波の影響もある中,(様々な分野でも同様ですが)アカデミック分野においては,徐々に対面での開催や対面・オンラインを選択可能なハイブリッド開催でのイベントが増えてきました.
タイトルにもあるとおり,実は今年度,国内に関しては既に2回,研究活動推進のための打ち合わせ出張を実施しました.一つは北海道(8月),もう一つはつい数日前に訪問した名古屋(11月)です.
オンラインでの授業や発表など,技術の進歩によって,直接会わずとも便利に,気軽に打ち合わせができるようになったとはいえ,やはり対面での打ち合わせに勝る打ち合わせ方法は,少なくとも今のところないというのが印象です.理由を考えるといくつか挙げられますが,オンラインではどうしてもリアリティがない(実際に目の前に打ち合わせ対象者がいる状況で,失礼といえば失礼ではあるものの,特に,長年やり取りをしてきた相手方であればあるほど,オンラインだと現実感が薄れてしまうのは,理由はともかくとして実際のところかと思います),また,オンラインでは”非言語情報”(表情やジェスチャ,体全体から感じる空気感,声のボリュームや抑揚の変化など)が伝わりづらい面もあるように思います.
とにもかくにも実際,これまでに実施してきたオンラインでの打ち合わせと,ここ2回で実施した対面での打ち合わせを比較すると,やはり圧倒的に対面で実施した方が”伝わる”感が強いのは実感してきました.
そんな中,明日からは約3年ぶりの海外出張です.行き先は台湾,在外で2018年度の1年間お世話になった地に久しぶりに再訪できます.具体的には,台湾南部,台南市に所在する成功大學にて開催される国際会議
で,高専OBの(&北越の共同研究者である)学生さんが発表するので,現地参加してくる形になります.
実際に発表するのは学生さんになりますが,僕のミッションとしては,発表内容に対するコメントを出して発表支援するのはもちろん,在外時代にお世話になった先生へのご挨拶&今後の研究に関してのディスカッション,海外インターンシップや専攻科新カリ授業に関しての情報交換と(コロナ禍緩和に伴う)新しい取組への布石を打っていきたいとも思っているところで,せっかくの機会ですので,台湾のAI研究関係者(に加え,実はなかなか国内で会うことができない,国内の関係者)との連携を強化していきたいと考えています.
コロナ禍は,実際の発表者にとってもやはり影響が大きく,今回発表する学生さんは国内外関わらず,かなりの発表の場数を踏んでいるものの,実はこれまでの発表は全てオンラインで,今回の台湾での発表が”対面での口頭発表初体験”になるとのこと.
いわゆる一般的な口頭発表では,(発表する学生 and/or 機関のレベルにもよりますが)発表内容はしっかりと覚えて話すのが通常ですが,オンラインの場合,(実際にどうかは,気づく場合とそうでない場合もありますが)発表内容を覚えていなくても,”カンニングペーパー”を用意しての発表もできなくはないかと思います(見る人が見れば結構バレますが).
上述の通り,対面での発表でもあからさまにカンニングペーパー(というか,台本)を手元に発表する学生もいて,これは流石に見ているこっちも恥ずかしいと思うものの,あるレベル以上の発表であれば内容は暗記(というか,自分の研究を自分で発表するんだから,暗記も何もわかっていて当然で,あとはどうやってわかりやすく聴衆に伝えるかの工夫がむしろ重要でしょう)しておくのが当然,と言うことで,今回発表する学生さんも,現在進行形で鋭意発表準備中です(間に合うか?).
なんといっても,本当に久しぶりの海外渡航ということもあり,行き先の台湾もつい1ヶ月ほど前に海外からの入国者に対する規制を緩和したばかり.我々訪問者側も,受入先のルールを理解してしっかりと守りつつ,成果を挙げつつ,久しぶりの異文化交流も楽しんできたいと思っています.
なお,中間試験も初日(今日)と最終日に,自分自身が担当する科目についてはしっかりと実施し,しっかりと採点して,しっかりと成績はつけていきますので,安心して(!?)ください.
2022/10/19
プロコンと研究と沈金
既にご存知の方も少なからずと思いますが,10月15日,16日の二日間に渡り群馬県高崎市で開催された高専プロコン(プログラミングコンテスト)自由部門にて,東京高専から参加した2チームが”ダブル受賞”しました.1チームは最優秀賞,僕が指導していた(と言っても,プログラムスキルは圧倒的に学生さんの方がありますが)もう1チームは特別賞と企業賞を受賞しました.
詳細や画像などは僕のtwitter(@dkitakosi)で掲載済みなのでそちらを見てもらうとして,今日書きたいのは,プロコンの活動にせよ研究活動にせよ,実はそれ以外の様々な活動においても通じる共通点ってなんだろうな,とふと考えたことについてです.
学校の勉強ができるからと言って,必ずしも卒業研究がうまく進められる&まとめられるとは限りません.それはプロコンも(個人的な感覚からすると)同じで,プログラムが得意だからと言って,必ずしもプロコンで受賞できるとは限りません.プロコンについては,ある種スキルは必要条件かもしれませんが,十分条件ではない・・・と書くと,卒研も同じかもしれず,勉強が出来た方が出来ないよりもうまくいきやすいかもしれないものの,とは言え,全科目オール優でも卒研の進捗はボロボロ,という例は(まさに実例として)枚挙に暇がないです(^o^;;
じゃぁ,十分条件はなんだろうと考えたんですが,一つはやっぱり”楽しめること”だと思います.ただ,ここでいう楽しむというのは,いわゆる遊びを楽しむ,ゲームを楽しむという感覚ではなく,上手くいかないことも含めて心を広く持って,全てを受け入れると言ったイメージでしょうか?前回書いた
とも関わってきますが,研究をやっていると,むしろ成功よりも失敗の方が多いし,思い通りにいかないことが多い,というか”思い通りにいかないことしかない”というが実際のところ.ただ,それでも地道に朗らかにやり続けていると,たまに少し成果が挙がったり,誰かがその頑張りを見ていてくれたりすることで,とても幸せな気持ちになったり報われた気持ちになったりします.
中には,本当に楽しくて楽しくて仕方がない,という感覚で研究やプログラムに取り組む人もいるのでしょうが,そういう人たちはある意味幸せで,普通の人なら苦痛だと思うことも,好きであることが大幅に苦痛を上回り,苦痛と感じていないのだろうと思います(そういう人たちが,いわゆる才能のある人たちなのかもしれません).
ただ,どちらのタイプの人であったとしても,最終的に到達すべきところに到達した時の充実感や幸福感には差がないのではないかと感じてもいます.
十分条件としてもう一つあるとすれば,ある種の覚悟,というか,割り切りなのではないかと,今は考えています.
ただ楽しいだけではない研究を地道に続けていく,研究でなくとも,何かを達成しようとして継続的に努力を,活動を続けていくのは,やはり簡単ではありません.結果として必ず報われるとわかっているわけでもなく,今回のプロコンでも,多くのチームは頑張って準備をしてきたものの,受賞チームはその一部です.そういう意味で,自分自身に後悔がないよう頑張り切るための覚悟,というか,ここまでやってダメなら仕方ない,という割り切りがあった上で,初めて色々なことを楽しめるんじゃないかな,と思いました.
八王子市出身・在住で,沈金という伝統工芸に携わっている,私の友人でもある春日友子さんの個展にお邪魔してきました.素晴らしい作品を拝見しながら春日さんから,作品を作る際の取り組み方など色々とお話を伺ってきたのですが,個人的には非常に研究活動と似ている部分があるな,と思いました.
例えば,必ずしも自分の求める理想的な環境下で活動ができなくても,そういった環境の下でどうやってベストを尽くしていくか,そう言った環境下でベストを出せる心理状態に持っていくか,と言った方法論であったり,ある面では時間を贅沢に使って,今後どちらの方向へ進めていくことがベストか熟考に熟考を重ねたり,一方で,進められないときは進められないときとして割り切って(開き直って?),とは言え進められる状況になったときには爆発的に進めてみたり.対象物は一方で漆やアクリル,他方PCやら論文やらと似ても似つかないかもしれませんが,結果として双方とも,出来上がったり,作品(論文)を見た方から評価を頂いたりした時の喜びは一緒なのかもな,とも思いました.
これは恐らく,先日のプロコンに臨んだ学生にも同様のことが言えて,上手くいかない(いかなかった)ことも含めてどれだけその全部を楽しめるか,覚悟して割り切れるかというところが重要なんじゃないかと.
ただ,これが恐らく難しく,ある対象に対して楽しみを見出して覚悟を決められるからと言って,その人が他の対象にも同様に楽しみや覚悟を得られるかというと,きっとそれは全く違う(要は,好きなものは好き,嫌なものは嫌・・・)のでしょう.だからこそ,自分にとって(楽しくない部分も含めて)楽しめる,頑張りを続けられる対象を見つけられるかどうかが重要になってくる.その一方で,それを見つける過程ではやはりある程度,自分にとって楽しくないことも頑張ってやってみないことには,それを本質的な意味で楽しめるかどうかがわからない.
子供のうちに,特に意識せずそう言った対象を見つけられた人は本当にラッキーだと思いますし,僕も比較的早い段階で,”函館の高専で情報工学科ができるらしいよ.新しいし面白そう”という猛烈に軽い理由で(苦笑)進学し,どうせ入ったんだから研究をやってみたい,と思ったところがきっかけで研究の苦しさを含めた楽しさを知ることができました.
研究って面白いんだよ,ということを多くの人に伝えたいと思っていましたが,ここ最近,色々と考えてきて,ちょっと違うのかもしれないと考え出しています.要はそういった,
- 自分にとって楽しめる,覚悟を決めて頑張れる対象を見つけると人生は面白い
- でも,いきなりその対象を(偶然)見つけられる人は一握りで,若い(失敗しても大した問題にならない)うちにたくさん失敗しながら,早めにそれを見つけた方が良いよ
そしてやっぱり,そう言った経験をできた人であれば,人の頑張りも認められるし,その結果がどうなろうとも,次へのステップに向けた応援が(自分に対しても他人に対しても)できるのではないかなぁと考えているところです.
p.s. ちなみに,春日さんの個展は今月末まで八王子駅前の東京メガネ八王子店さんで開催されています.
2022/10/07
研究は楽しい ーただし、ただ楽しいだけではないー
昨日,恐らく3年以上ぶり,要はコロナが流行する前ぶりに,卒研に従事しているウチの研究室の全学生さん(5名)と,対面&個別&(昼食は挟んだものの)ほぼぶっ通しで打ち合わせを実施しました.
ここ数年,対面でのミーティングはやったとしても年に年に1,2回,時間制限も設けた中でやらざるを得ませんでしたが,昨日のミーティングは全員とびっしりと実施した感覚がありました.
率直に言ってどの研究も,順調に進んでいるとは言い難い状況ではありますが,それぞれに何とか,年度末に向けた方向性は見えてきたように思います.にしても,ぶっ通しの打ち合わせが久しぶりだったせいか,自分が歳をとったせいか,もしくはその両方の影響か,終了後はかなりバテました。打ち合わせ自体、当たり前ですが真剣に臨んでいたからでもあるでしょうが,もしかすると”打ち合わせに必要な体力”みたいなものがあって,しばらくぶっ通しでやっていなかったので,その体力が落ちてしまっていたのかもしれません.
とはいえ,研究の話をすることは楽しいです.うまくいっているから楽しいとか,会話が楽しい,というのとは違って,内容がかなりネガティブなものであったとしても,進捗が滞っていたとしても,解決すべき課題の解決策が見つからずにウンウン唸っていたとしても,そういった苦労をすること(そして,それを経て苦労を乗り越えること)や,自分が予想していなかった課題や成果に遭遇することに楽しさを見出しているように,個人的には思います.
いわゆる,ゲームや遊びの楽しさとは違う楽しさでしょうね.こういった,苦労や大変さの中に”研究の楽しさ”を見出すことができないと,研究職に就くことはできないでしょうね.
ただ,こう言った能力というか考え方は,研究(開発)職に特有のもの(他の職業には不要のもの)かといえばそんなことはなく,どこに問題があるのかを見つけ(課題発見能力),どうやってその問題を解決していくのかを考え(課題解決能力),得られた成果を,伝えるべき人にどうやったらわかりやすく伝えられるか悩む(コミュニケーション能力)ことで,現代であればどのような職業に就いたとしても必要な能力を向上させられます.
そう言った意味で,自分は将来研究職に就くわけでもないのになんで卒研なんてやらなければいけないのか,という疑問に対する回答にもなるかと思っています.だからこそ,一般的な工学系教育機関では,卒業研究が必修科目になっているんでしょう(というか、卒研が必修でない大学があることが信じられません・・・そう言った能力がなくとも,それなりの仕事に就けるということなのか,そう言った能力が必要ない職業が主要な就職先候補なのか).
はっきり言って,研究活動の大部分は単純な楽しさとは無縁の,”地味で地道な”活動であることが多いでしょうが,そう言った活動の成果として(そう言った活動を経るからこそ),興味深い結果や新たな知見,発表を見聞きした人からの高評価などが得られた時,楽しさというか,充実感・達成感を感じられるのかもしれません.
活動が真面目なものであるからこそ,感情的にはリラックスして,柔軟な考え方で遊び心を持って臨んだ方が,むしろ課題の解決や新たなアイディアの気づきに近づくのでは、とも思っています(個人的には,「仕事は力を抜いて,遊びは大真面目に」というのが,特に博士後期課程に進学して以降の僕の生き方の方針です).
そう言った苦労・努力と,苦労・努力の先にある楽しさの両方を,卒研に従事する学生全員に味わって欲しいと思います.
